明治期から廃藩置県により藩の援助がなくなったことに加え、交通の発達による他産地との競合激化、さらには戦争による大きな打撃と、太平洋戦争の終結時まで大堀相馬焼は冬の時代を迎えました。しかし戦後、産地は強力に立ち上がりました。市場は国内はおろかアメリカにまで広がり、「アイディアカップ」、「ダブルカップ」という名称で愛用されました。

昭和53年には国の伝統的工芸品としての指定を受けました。 そして平成22年1月には、「大堀相馬焼」が地域団体商標として商標登録され(登録第5295759号)、25軒の窯元が350年になんなんとする伝統を守りながら日々皆様に愛され親しまれる製品づくりに努力しています。

大堀地区は東京電力福島第一原発から約10キロの場所にあります。地震により各窯元の窯などが壊れ、そして原発事故で避難を余儀なくされています。相馬焼の特徴である「青ひび」は町内でのみ産出される石を使って作られる釉薬によってできます。原発事故は、原料の土も、生産拠点も、生活もすべてを奪いました。伝統が途絶える危機でした。 大堀相馬焼協同組合は、2012年の夏、事業再開を目指して二本松市に「陶芸の杜おおぼり二本松工房」を開きました。ここには、各窯元が共同で使える窯場や作業場、売店、陶芸教室などが置かれています。 放射性物質の拡散により確保できなくなった地元産原料の石も、福島県ハイテクプラザが似た性質の複数の石を調合して代替材料を開発しました。 伝統技術の復興に、一筋の灯りが見えてきました。
 

当時アメリカで流行した、大堀相馬焼の湯のみ

 

残り4日で264,000円!!

皆様、応援宜しくお願いします!!

新着情報一覧へ