皆さま、あけましておめでとうございます。

2019年も橘久丸商會プロジェクトをよろしくお願いいたします。


400年の歴史と伝統を誇る地元有田のみかん産業の中に入ってみかんのことを知り尽くし、私たちが見出した課題解決に取り組み、100年先を見据えて「産業構造の変革」「生活者意識の変革」「生態系の回復」の実現を目指してまいります。

 

1月2日、橘久丸の協力者のお一人である川口新右衛門さんと一緒に、プロジェクトの成功を祈願するために、熊野古道沿いのとある神社に参拝しました。

その神社は、長峰山脈から流れる美しい小川のそばに建っていました。

名を橘本神社(きつもとじんじゃ)と云います。

私がプロジェクトを開始してからずっと訪れたいと願っていた場所です。

私たちの地元有田の蜜柑山(白倉山)を北側に越えたところにあるその神社はみかん発祥の地とされ、全国唯一のみかんの神様である田道間守神/多遅摩毛理(タヂマモリ)が祀られています。また古代よりみかんは貴重なお菓子であったことから、タジマモリはお菓子の神様として全国の菓子業者から崇敬されています。地元では熊野古道で繋がっているのに、お恥ずかしながら今まで参拝したことがありませんでした。

 

新年早々に橘本神社を訪れたもうひとつの理由。それは記紀で『ときじくのかくのこのみ』と呼ばれたものを、冬の時期にこの眼で確かめることでした。

 

『ときじくのかくのこのみ』は、非時香菓/非時香木実/登岐士玖能迦玖能木賓と記します。いつでも(時に非ず)香りたち、いつでも黄金に輝く木の実と言われ、古代には不老不死や永遠の象徴として探し求められ、タヂマモリによってこの地にもたらされたと云われる日本固有種の常緑樹「橘」のことです。「橘」は柑橘類の総称であり、いま私たちが食べている温州みかんの原種とされていますが、自生するものは珍しく、絶滅危惧IA類に指定されています。

 

日本神話に登場し、この国の文化の深いところにまで根付いているこの種の生態のことを、もっと知りたいと私は考えるようになり、まずは現物を見たいと願っていました。

 

正月の寒い風が山から吹き下ろす中、神社の石組みの階段を上ると、そこには青々と葉を繁らせた複数の橘の樹が植えられており、3cmほどの小さくて可愛らしい実をたくさんつけていました。

これが橘か!と私は感激します。その実は小さくやや扁平でとても可愛らしいのですが、温州みかんよりも黄色味が強く、生い茂った深い緑の葉の中で一層引き締まって見えます。川口さんも橘に似たみかんを見たことがあるけれど、今回が初めてだそうです。このようにして私たちはようやく橘と出会えたのでした。

 

橘本神社の橘にまつわる、このような神話が残っています。

 

時を遡ること約2000年前、垂仁(すいにん)天皇の時代のお話です。タヂマモリは垂仁天皇の勅命を受け、海の彼方にある常世国に不老不死の霊菓「ときじくのかぐのこのみ」を求めて旅をします。タジマモリはさまざまな国を巡って霊菓を探し歩きますが、なかなか見つかりませんでした。しかし、ついにある国で奇妙な光景と出会います。老人が若い娘に叱られ泣いているのです。

 

タジマモリが話を聞くと、なんと若い娘が母親で、老人はその息子だというのです。母親は「この子だけが酸っぱくて嫌だと言ってこの実を食べないので、一人だけ年を取ってしまったのです」と明かしました。タジマモリはこの酸っぱい実こそが「ときじくのかぐのこのみ」であることを確信し、不老長寿の霊力を持つ実が成る樹を譲り受け、帰国の途に就きます。

 

しかし、この間に10年もの月日が経っていました。タジマモリがようやく帰国できて安堵するも束の間、垂仁天皇はなんと前の年に崩御されていたことを知るのでした。タジマモリは嘆き悲しみ、常世国から持ち帰った「ときじくのかくのこのみ」の半分を大后に献上し、天皇の御陵に赴いて残りの半分を捧げ、哀しみのあまり息絶えたのだそうです。この時、日本に持ち帰った「ときじくのかくのこのみ」こそが橘であると云われています。

橘本神社境内内「しもつ・野のみち見て歩き」より

 

タヂマモリが持ち帰ったとされる「ときじくのかぐのこのみ」について、実は諸説あり、「橙(ダイダイ)」とする説、「コミカン」とする説などが植物学者によって唱えられています。

 

しかし、まったくの門外漢である私の仮説では、タジマモリが持ち帰ったのはやはり橘であったのではないか、一方で、垂仁天皇が探させた「ときじくのかぐのこのみ」は、実は別に実在する柑橘類なのではないかと勝手に想像しています。(プロジェクトの伏線なので心の隅にお留め置きくださいね~!笑)

 

そして、タジマモリがたどり着いた常世国とは一体どこにあったのか、皆さん気になりませんか?実は今、橘の遺伝子の解析が行われているそうでして、神話の世界のお話の一部が明らかになる日がやってくるのかもしれませんね。

 

この日、橘本神社の縁や最近の橘の研究について大変貴重な情報をお教えくださったのが橘本神社の宮司、前山和範さんです。前山宮司からこの写真の橘の実をひとつ頂きました。とてもかぐわしく、食すると酸っぱく、大きな種がゴロゴロと出てきまして、紛れもない橘であることを実感しました。

前山さん、貴重なお話をお聞かせいただき、誠にありがとうございました!

 

前山宮司には橘本神社に所蔵されているたくさんの貴重な資料やお話をご紹介いただきまして、明治時代のみかんの取引台帳に始まり、柑橘属の分類研究の世界的権威である田中長三郎先生の大変貴重な研究スケッチの現物なども拝見することができました。私が敬愛してやまない南方熊楠先生と前山宮司のひいお爺様との交流のお話も大変興味深くお聴きいたしました。

初めての訪問にも関わらず、大変快く応じて下さいまして、本当にありがとうございました。前山宮司とのご縁に心より感謝しております。

 

災厄の多かった2018年をくぐりぬけ、ついに始まりました2019年。

間もなく元号も変わりますね。

 

橘久丸商會プロジェクトは、これからも応援してくださる皆様と共に歩んでまいりたいと願っております。新しい時代を切り開くべく、全力で取り組みますので、本年もどうぞよろしくお願いいたします!

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