特別企画!早和果樹園特集 3.好転させるソコヂカラ

そんな二人にやわらかなヒカリが舞い降りた…

 

7軒の農家さんの集まりから日本を代表する6次産業企業へ

 

2018年6月末日、私はお中元時期でご多忙な早和時果樹園さんを訪問し、専務のマークン(以下「マー」と表記)、常務の大浦(以下「大浦」と表記)さんにお時間を割いて頂き、3時間に及ぶインタビューをさせていただきました。
第3弾の今回は、要所要所で早和果樹園さんに迫りくる様々なピンチを、ことごとくチャンスに変えることで6次化に突き進む過程を生々しくお伝えしていきます!

株式会社早和果樹園 取締役専務のマークン(左)と取締役常務の大浦さん(右)

 

平成16年:会長のどえらい失敗が大きな転機に    


乙井  「まるどり」のノウハウを得た早和さんはその後どうなっていくの?

 

大浦  ハウスミカンがそのあとあかんようになっていったんかな?

 

マー  その前に加工かな。

 

大浦  加工の方が先やったかな…当時社長(現会長秋竹新吾氏)が「ええみかんを加工したらええんちゃうん?」って言い始めたの、あれどういうタイミングで、なんで言いだしたんか…。なんでやったんかな?

 

株式会社早和果樹園 代表取締役会長 秋竹新吾さん 2017年旭日単光章を受章

 

マー あがや(自分の家)のみかんほとんどアカンよにしてしもたさかいによー(笑)。

 

大浦  そうや。ええみかん狙い過ぎて、完熟状態を見誤ったんです(笑)。

 

乙井  なんと!(笑)そしたら、その年のみかん、アカンようになってしもたんですか?

 

マー  主力の畑のほとんどがパーよ(笑)。その時はマルチ栽培だけで「マルチ敷いたらよなるろー!(よくなるぞー!)」って、そんな一番の流行りの時にめっちゃ乗りやすい人やから、「それやったらええ!」って会長は自分で思ったらこうなってまう人で…。(両手を目の横に当てて周りが見えなくなって突き進む意味のジェスチャー)

 

「やり切ろらー!」ってやりまくったら、できたみかん殆ど傷んでしもて。…ってなった時に、これが食べたらめっちゃ美味いんよ!でも、ちょっとの傷なんよ。過熟になったら、「ホド(=ホト:みかんのくぼみ)」の横にちょっとだけ傷入ったり、割れたりもするんやけど、ちょっとでも入ったら傷ものになるんで、なんなら加工にまわるだけ。

 

その当時、農協にジョインジュース(JA和歌山が発売するみかんジュース)の加工用に持っていった。美味かろうがなんだろうが加工用は加工用。そしたら当然やけどむちゃくちゃ安い値段で買い叩かれた。やっぱりもったいない気ぃするやん。美味いのに。で、ちょうど光センサーが入ったタイミングやったんよ。光センサーは法人になって「なんかせなあかん」ってなって補助金使って撰果場と大型撰果機と一緒に導入したんよ。

 

乙井  当時、光センサーはあまり普及してなかった?

 

マー  まだ。大型のとこにはちょびっとあったかもしれんけど、宮原の共撰にはなかった。だから当時はみかんのサンプルを果汁にして糖度を調べる破壊検査しかできんかった。でも光センサーを通せば、ラインができれば全量破壊せずに見れるんやけど、うちは大きい敷地もないし、でも1コンテナ分くらいの糖度みたら、そのロットの傾向がわかるようになるんよ。

 

乙井  光センサーってみかん一個一個の糖度見てんの?

 

マー  一個一個を見て「こいつは糖度何度」って出るんよ。10度はここ、11度はここ、12度以上はここって出口で見れたんやけど、その時、うちらのみかんだけでなく、秋竹さんちの熟し切ったあかんようになったみかんを測ったら、これが12度以上のみかんがほとんどやったんよ。「こりゃ勿体ないな!」となったんやけど、その糖度の高いみかんだけを外注に出して搾ってもうて、飲んだら美味いし。これは凄いなと。

 

大浦  それを試しに売ったら、よう売れたんです。

 

マー  最初は築地で売った。売り方もわからんけど、仲卸に持って行って。もともとみかん(生果)が築地に行ってたんで。そしたら「みかんジュースもええなあ」となって。次に搾り方勉強しに行って、色々搾り方があったんやけど、その時に出会ったんが「チョッパーパルパー方式」。

 

乙井  それはどういう搾り方なの?

 

マー  皮をむいて、中身を砕いて、ミキサーにかけるような状態。それを網で裏ごししていく。荒い奴から徐々に細かくなって、三段階で濾す。この方法は皮の苦みとか油分が入らない。対して、世界の90何パーセントは「インライン方式」っていうて、皮ごと「ジュッ」って搾ってる。

 

乙井  へー!そんな90%以上も!?

 

大浦  「チョッパーパルパー方式」は、物凄く面倒くさいですもん。みかんの皮むいて、すっごい手間なんです。

 

乙井  ??…ということは「チョッパーパルパー」は機械というよりプロセスのことなの?

 

大浦  「パルパーフィニッシャー」っていう機械があるんです。トマトケチャップ作るのにも使ってるらしいです。

 

マー  チョッパーは砕く状態やな、パルパーが繊維をとっての裏ごしのこと。

 

乙井  今の早和さんのジュースは全て「チョッパーパルパー方式」なんや。

 

大浦  だからうちのジュース飲んでいただいたら瓶やコップの縁に繊維が残ると思うんですけど、繊維質が入ってるからトロッっと感が増すんです。成分測ってみたら、一般的なみかんジュースの食物繊維はゼロなんですけど、うちのはしっかり入ってるんです。

 

◎チョッパーパルパー方式:みかんの皮をむき、薄皮ごと裏ごしをするように搾るしぼり方。手間が掛かるが、皮の油性分が入っていないので、長期間鮮度が保たれ、仕上がりがまろやかでコクのある美味しさになるのが特徴。

 

マー  せっかく光センサー使って一個一個の糖度測って厳密に分けたみかんを、より美味しく飲んでもらうために採用したんが「チョッパーパルパー方式」やったんやけど、昔は外注してたのを自分らで搾り出したのが最初で、それが加工への入り口やったな。これが加工始めたいきさつかな。

 

まとめると、最初に法人化やって「何する?」ってなった時に農業側の規模拡大で始まって、補助金使って撰果場を大きくして光センサー導入できたんで、7軒以外の周りの農家の人からみかん集めて撰果をやって糖度で分けて、委託出荷みたいなことをやった。それが早和果樹園のネームを大きくするのに貢献した。農業側の規模拡大でやり始めたけど、社長(現会長)んちの主力の畑のみかんの多くが傷のある完熟になったことで、糖度の高いみかんだけをジュースにしたことが加工に進んだホンマのきっかけよ(笑)。

 

株式会社早和果樹園 代表取締役社長 秋竹俊伸さん

 

多分社長(現社長:秋竹俊伸氏)は講演頼まれてもこの話はせんと思うけど(笑)。自分が農家さんの前で話す時に、「社長んちのみかんがあかんくなったんで、しゃーなしにやったんです。そしたらそれが思いの外良くってねー」って話したら、みんな納得してくれるわ(笑)。

 

乙井  事実は小説より奇なり。ほんまの話は面白くて人を納得させるな~!

    
平成17年:加工から始まる危機。組織変更で株式会社早和果樹園へ    

 

マー  逆に言うと、社長んちのあかんみかんで作ったジュースによって、加工を続けてやらなあかんようになった。僕らもそれは思ってもなかったんやけど、「売り出したら、辞めれん」のよ。早和果樹園の『味一』ってみかんのブランドがあって、そのみかんだけを絞った『味一しぼり』を出しました、と。東京などで売り先も多少決まってます、と。そうなると、次の年に「もうない」じゃアカンわけよ。

 

大浦  大手さんが通販カタログに出してくれちゃったり。

 

乙井  販売してくれたお店や百貨店は当然「次の年も欲しい」となるわね。

 

マー  誰かが加工やら販売をやらなあかんやん。僕らの親父とかオカンとか親らがやり出すと、今まで「農業あかんかも」とか言うてた人らが、自分らで作ったジュースが売れていくと、それやってる方が面白くてそっちの方やり出すわけよ。

 

乙井  だんだんメーカーになっていくわけやね。

 

マー  そう。でもその時って「早和果樹園」って法人にはなったけど、それぞれの家がそれぞれの畑を見てて、出来上がったみかんを持ってきて出荷するってスタイルは全然変わってなかったけど、もうそれだけで手いっぱいやったんよ。そこに加工が入ってきて親の人手を取られると僕らしか畑へ行く者なくなるやん。できるわけがない。うちやったら今まで3人でやってたんが急に1人になってまうわけよ。そうしたら畑がえらいことになってきてね。僕らのモチベーションもダダ下がりよ(笑)。で、若いもんはみな全員こりゃあかんわと。このままこんなことやってたらあかんてなって、みんなで話し合いよ。

 

乙井  折角加工が上手くいって来たのに大きな危機やね。

 

マー  このままでは本体の農業があかんようになるってことで、腹くくって話し合った。そんで出した結論が早和果樹園として、会社として畑を見るよにしよらと。

 

大浦  そこが一番難しかったですね。それぞれの先祖から代代伝えられた畑ですからね。

 

乙井  今まで家々で継いできたものを、法人組織で管理するということになりますもんね。

 

マー  それと同時に4人の若い世代がいてるんやから、それぞれがなんかやれって話になって。加工品できたら売らなあかんてなって、当時社長(現会長)が営業やってくれてたけど、加工が規模大きくなってたら社長だけじゃ手いっぱいになる。組織で売るということが必要になる。ここらでちゃんと役割分担をやらなあかんと。

 

最初は僕らもどうなるんかなと思ってたけど、ある時社長(現会長)が「組織やんのやから色々やらなあかん。4人いてるんやからさかいに、ちょうどみかん作る『生産部門』と、加工する『製造部門』と、もの売る『営業部門』と、管理する『総務部門』つくるから、お前らなにがええんな?」と一人ずつ呼ばれて聞かれて。僕はなにがええっていうよりも、何だけはあかんっていうのだけ伝えて、「総務だけは絶対無理」って伝えたと思う。細かいことはほんまあかんと(笑)。其々4人の意見聞いたら、それぞれがちょうどうまいことはまった。


大浦  社長(現会長)喜んじゃあったな。うまいこといったと。やりたい部門とやりたくない部門を聞いて、それが上手いこといったと。

 

乙井  ( ˘⊖˘) .。oO(それいい!本人がやりたいと思える部門で、自信を持って取り組める仕事を任せたらきっとよい組織ができますよね。でも、なかなか日本の一般的な組織ではそうはいかない…。当人の強み弱みを知らない、知ったつもりの人事や上長が組織をデザインすると、無駄が多いだけではなく、組織にとっても成員にとっても様々な不幸を生み出すことにつながりかねないですからね…)

 

乙井  で、それぞれが役割分担しながら組織運営するプロセスに入ったと。

 

大浦  その時も農業やりながらでした。

 

マー  部門は分かれたけど、まだ100%の仕事はないからね。

 

大浦  毎日部門の仕事してやり切れやん程仕事あるってわけではないので…

 

マー  基本的には畑にみんなで行くっていう。時間決めて会社の畑に行って、余った時間でそれぞれの部署の仕事やるって感じ。

 

乙井  働き方は全然変わったってことやね。

 

マー  この頃は極端に仕事内容変わったな。自分は『生産部門』なんでいままでの延長やったけど…。

 

乙井  ( ˘⊖˘) .。oO(こうして早和果樹園が完成したんやね!)

 

5年前の4人。左から秋竹俊伸さん、宮井秀樹さん、マークン、大浦靖生さん。

 

共撰から飛び出した新しいもの好きの7軒の農家さんたちが、若い後継者4名たちと共に「この先、従来のやり方で良いのか?」と自問自答し、その時のタイミングやノリ(笑)も手伝って法人化を果たし、究極とも言える「マルチドリップ方式」のみかん栽培に着手しました。

 

その後、当時の社長が完熟みかんを狙いすぎて失敗!ところがそのみかんをジュースにしたら大好評!じゃあ自分達でやろうかとやってみたら売れに売れ、加工して売ることが面白くなり、今度は肝心のみかん畑がおろそかに。そこで先祖代々のみかん畑を法人で共同管理すると同時に、組織として完全な役割分担を図ります。それぞれの若いメンバーの強味と弱味を理解して活かす組織運営により、業務の効率化を推進し、やりがいや責任感を醸成していくことで、現在の生産・加工・販売までを手がける6次化を見事に果たされたのでした。

 

本物を知る農家さんたちが作る早和果樹園の製品は、どれも美味しくて、とってもユニーク。その製品やネーミングはどうやって生まれるのでしょうか。次回は、早和果樹園さんの製品開発手法についてお伝え致します。インタビューはまだまだ続きます。

 

<次回に続きます>

 

早和果樹園さんのリターン紹介はこちら。

 

 

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