『橘久丸商會』を応援いただきまして、誠にありがとうございます!

 

「たちばな、くまる…しょうかい!?」 明治・⼤正期の洋⾵ビルヂングの⼊り⼝に、商売⼈の名が筆⽂字で彫られた⽊製看板がかけられているのを、セピア⾊でイメージされる⽅もいらっしゃるかもしれません(笑)

 

実は…『橘久丸商會』は400年の歴史と伝統を誇る地元有⽥のみかん産業の中で、私たちが⾒出した課題解決に取り組むプロジェクトの「名前」なのです。

 

それでは『橘久丸』さんとは、いったい誰なのでしょうか?

 

そのお話に入る前に、『紀伊国屋文左衛門』さんはご存知ですか?

和歌山県でも特に私たちの地元ではとても有名な、江戸時代を生きた伝説的な商売人です。大豊作の年に地元で暴落したみかんを大きな借金をして買い集め、壊れかけの大船を修理して、船乗りたちを説得して命がけで荒海を渡り、江戸で高くみかんを売って財を成し、豪商になったというお話が残っています。知恵や勇気で後世に名を残した紀伊国屋文左衛門さん。すごいですね!

紀伊国屋文左衛門の冒険(1902年)より

 

対して、20XX年、産業と自然生態系との融和という大志を抱き、みかん産業から「産業構造の変⾰」「⽣活者意識の変⾰」「⽣態系の回復」という偉業を成し遂げ、2100年代には日本のスタンダードとなった持続可能な産業社会のモデルケースを築いた人物がいました…。それがタチバナクマル、その人なのです~!って、なにを言っているのかわかりませんね(笑)

 

要するに、今を生きる様々な立場、価値観の方々にプロジェクトに携わっていただく際に「よりどころ」となる理想を託した架空の人物の「人格」をプロジェクトの名前、旗印にさせていただいたのでした。

 

因みに、日本固有の「橘」は、和歌山県、三重県、山口県、四国・九州地方の海岸近くの山地にごく僅かに自生しています。橘は、古来より魔除け、邪気払いの力があると考えられ、常緑の生態が不老長寿や永遠の象徴となって家紋の意匠などにも用いられました。また、雛人形の傍には橘と桜を飾りますが、健やかに成長するようにと願いが込められているそうです。

 

一方、古くより日本ではみかんの未成熟果実、青みかんを「久丸(くまる)」と呼んで薬用にしてきた歴史があります。私も6月の久丸を輪切りにして舐めたことがありますが、これがまた苦くて苦くて、まるで薬のようでした。実際にアレルギー抑制効果などの薬効が認められているそうです。

苦いんです、とっても。

 

プロジェクト名の「橘久丸」には「みかんの全てを知り尽くし、有効活用したい」という想いと願いも込められているのです。

 

最後に、環境保全を目的の1つとする活動の名に「商會(商会)」を付けた理由をお伝えして、締め括らせていただきます。

 

まず、環境保全と、私たちの生活を支えている個人や企業の「ビジネス」は無縁と言えるでしょうか?環境保全が対象とする事象は、産業社会が生み出していることがほとんどではないかと思います。

 

もし、産業社会に環境課題の主因が認められるならば、自らも産業の中に入って構造を分析して理解し、マーケティング戦略やデザイン、市場の原理によって解決を試みることが、もしかすると課題解決の有効な手立てになるのではないかと、私は考えるようになりました。

 

もちろん乗り越えなければならない壁が高いことは承知の上ですが、今はたとえ遠回りであっても、そのような考えを持つ個人や企業が増えて支援・応援してくれる生活者の方が一定数になれば、目的を達成できる可能性がぐんと高くなるのではなかろうかと考えました。

 

そして、このような志向や活動の総体が、未来の持続可能な産業社会が持ち合わせるはずの「自浄機能」に発展し得るものなのではないかと私は考えます。これからの時代に相応しい環境保全活動を、私たちは目指しています。

 

『橘久丸商會』はまだ本当のスタートを切ることができていません。

しかし、本気で取り組む人が一人でも多くなれば、支援してくださる人が一人でも多くなれば、未来は変わっていくと信じています。

 

どうか皆様、ご支援・応援いただきまして、私たちに力をおわけいただけませんでしょうか?

 

あと40日です!引き続き、よろしくお願い致します!

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