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ジェフ千葉 佐藤寿人選手:平成30年7月豪雨の経験を生かして
「これが本当に広島なのか……」名古屋から駆けつけた平成30年7月豪雨(西日本豪雨)
――先日も九州を中心に豪雨被害が起きました。どのような思いでニュースを見ていましたか?
多くの方が被害に遭われているので非常に心配です。自分は九州に住んだことはありませんが、一緒にサッカーをしていた仲間もいますし、ゆかりがなくても何か力になれることはないか、行動を起こせるのではないかと考えています。
――2018年夏の西日本豪雨の際には、当時所属していた名古屋から広島の被災地に駆けつけていました。どのような思いでしたか。
自分自身、広島では12年間プレーして、いまも家は広島にあるので、長い休みなどがあれば家族と広島に帰っています。またチームは離れても広島の友人とはいまも連絡を取っています。ただそれでも『これが本当に広島なのか……』と。ニュースで映像を見ていて、街が全然違う形になっていたので、名古屋にいる自分として何ができるのかを考えました。
まずは自分たちが何かをしたくても正しい状況を把握しないといけないので、広島にいる知人に話を聞いて、当時同じく広島から名古屋に移籍していた後輩の宮原和也と一緒に行きました。
シーズン中だったのでピッチの上でマイナスになるかもしれないことはなかなかできないと思っていましたが、人の力が足りないということを伺っていましたし、土砂の撤去と搬出を手伝わせてもらいました。土砂はかき出してもかき出しても全然減らないし、水分が多いので重くなります。そのうえ高齢者が多く住んでいた地域だったので、若くて力のある人がやらないとなかなか撤去できないと思いました。
暑かったので焼きそばやかき氷などを地域の方に配るお手伝いもしましたが、一日手伝っただけでも疲労感を感じるほどの作業でした。また少しでも人手が足りないことを知ってもらうために、自分たちが情報発信をしていくことも大事だと思いました。その後は県外からもボランティアの方々がたくさん来てくれましたし、少しずつ元どおりの生活に戻っていく姿を目にすることもできたので、小さくても力になれて良かったなと思います。
――復旧活動に携わって、災害の脅威をどう感じましたか。
常に予測を超えてくることです。災害は予測をして準備をして耐えられる形が取れればいいのですが、いつも上回る状況になってしまいます。
広島は2014年にも大きな土砂崩れで被害を受けました。その後、さまざまな備えをしていましたが、少し月日が経ってしまうとうまく対処できないこともありますし、変わった形で災害が起きてしまうと準備も難しくなります。自分がいまいる千葉でも、昨年広い範囲で豪雨被害があり、市原などに行ってみるといまでも屋根にビニールシートがかぶさった状態で、元通りになっていない家屋が見受けられます。どんなところでも自然災害が起こりうることを踏まえ、耐えられるように、乗り越えられるように準備をしなければなりません。
普段は支えてもらっているぶん、災害時は自分たちが支えていかないといけない
――そうした経験を経て、災害の捉え方は変わりましたか。
自分も生活をしながら気にかけていますが、災害は起こりやすい地域もあれば、起こりにくい地域があります。災害が予測を上回ってくる以上、どこが安全なのかをしっかり見ていかないといけない時期に来ていると思います。もちろん、いろんな人が住む場所には住む理由があります。ただ、どの地域でも災害が起きるような時代になっているので、あらためて生活する場所をもう一度考えるべきなのではないでしょうか。
また個々で災害に対する準備をしておくことも大切です。ハザードマップなどで危険な地域を知っておくこと、大雨が起きたときにどのように避難をして被害を少なくしていくかの議論を、活発にしていくことが大切だと思います。
――災害においては「風化」の問題もあります。子どもたちや次世代の人々に伝えていくためにはどのようなことが大切だと思いますか。
まずは知らない人が多いと準備をするのが難しいので、知っておくことが大事だと思います。学校教育で教えていくことに加えて、地域全体でどういった準備をしていくかを話し合って考えていかないといけません。そのあたりは行政も含めてやっていかないといけないところですが、自分たちサッカークラブとして何ができるかというところで、一つのきっかけとなる問いかけができるんじゃないかと考えています。地域に自分たちが存在する意義を考え、地域で生活している人々の安全をつくっていくという役割が担えればと思います。
――まさにアスリートの方々が活動し、そうした姿を世の中に発信することで、問題が広く伝わるきっかけになりそうですね。
コロナウイルスの中断期間を経てあらためて感じたのは、自分たちはスタジアムで応援してもらって初めてプロサッカー選手として存在しているんだなということです。クラブのファン・サポーター、地域の方、地元の方に応援してもらっている立場なので、自然災害が起きて地域の方が困っている時には、普段は支えてもらっているぶん、自分たちが支えていかないといけないと感じます。自分たちには、何かアクションをすることで情報を発信するという役割もあると思いますし、苦しい時に一番しんどいのは無関心だと思うので、まずは自分たちが関心を持っておくことが必要だと思います。
――寿人選手は個人の活動だけでなく、Jリーグの「TEAM AS ONE」としての活動も積極的に行ってきました。その経験はいかがでしたか?
自分自身は2012年から16年まで日本プロサッカー選手会の会長を務めましたが、それ以前も副会長として携わっていて、その時期に東日本大震災が起きました。選手会として何かできないかと議論を重ねながら、協会やJリーグと話をしながら活動を進めたことで、サッカーの力で迅速にいろんなことができたなと感じます。
ただその後、自分も会長という立場を任されたこともあり、まずは自分自身が公の場でしっかりとしたメッセージを発していかないといけないと思いました。活動を毎年継続していくことで、自分たちが被災地の現状を目で見て、理解して、発信していくことができます。誰かから聞くだけ、ニュースを目にするだけではなく、被災地に行くことでわかるようになることもあります。
実際、多くのサッカー選手がさまざまな活動をしていましたが、多くの選手が「行ってみないと分からないことがあった」と言っていました。現地に出向くのが何より大事なことだと思いますし、その中で地域の方々と交流し、継続して顔を合わせることで絆が生まれると思います。
自分はベガルタ仙台でも2年間プレーしていたので宮城には思い入れがありますし、いまでも声をかけてくれる方々が多いです。その方々に何かできないかということで東北に足を運んでいたつもりです。またJリーグ全体で多くのサッカー選手がいろんな活動をしていることで、多くの刺激を受けますし、いろんな情報も入ってくるので「自分だったらこういうこともできる」と考えを整理することにもつながっています。
災害が起きてからのアクションだけでなく、起きる前の日常的なアクションを考えていきたい
――災害時にもJリーグだからこそできることはありそうですね。
Jクラブがその地域に存在している意義を考えると、地域の困り声に対して聞き役になっていくことができるんじゃないかと思っています。地域に根差して歴史をつくってきているので、千葉なら千葉周辺の方々の声を聞く、広島なら広島の人々の声を聞くなど、そういった窓口になれるのではないでしょうか。
J1からJ3までたくさんのクラブがありますし、多くの地域にクラブが存在しているので、あらためて自分たちが地域に存在する意義を実感しています。普段、支援や声援をいただいている立場なので、苦しい時に何を返せるかをもう一度考えていかないといけないと思っています。
――そうしたJリーガーの活動は、地域の人々が活動を行う際にも模範となれそうですね。
災害時にサッカー選手が手を取り合うことで乗り越えていく力があると感じた時はサッカー選手で良かったな、Jリーガーで良かったなと思いました。自分が置かれている地域で災害が起きた時だけでなく、そうではない時も感じます。Jクラブがこれだけ日本全国にあるということは、いつどこのホームタウンで災害が起きてもおかしくありません。なので、それぞれの選手が発信していくことがまず大事だと思います。
そうなっていけば、どのクラブのホームタウンで災害が起きても、どこかの選手が発信をするようになると思いますし、そういった選手をきっかけに乗り越える力を大きくしていくことができます。Jリーグならそういった枠組みをつくっていけると思っています。
僕ら選手はチームが違っていても、サッカー選手という世界では仲間という意識があります。いまは限られたクラブでチームメートになりますが、長く選手をやっていたら元チームメートであったり、一緒にプレーしたことのある選手であったり、どんどん枝のように関係性が広がっていくんです。Jクラブはそういった選手たちが集まっているので、地元の人たちに対する情報発信という意味でも力を担っていけると思いますし、そういった機会をつくっていくことが大事かなと思っています。
――防災に関し、実際に今後行っていきたい取り組みはありますか。
スポーツ界にどれだけ力があるかわかりませんが、今回の大雨被害の大きさも見ていると、過去の経験を活かして出来ることがあったのではないか、未来の災害の被害を少なくするためのアクションもできたんじゃないかと思っています。僕たち選手はピッチでプレーをすることが一番の生業ですが、ピッチ外でもクラブの存在意義や選手の存在価値をつくっていかないといけません。
これまでは災害が起きたときに支援の輪をつくることを主にやってきました。しかし、起きる前のことをやっていくべきなんじゃないかと思います。そこではスポーツ界だけでなく、行政の方々とも手を取り合ってやっていかないといけません。自分たちも選手一人でやっているわけでなく、地域の方々と協力して成り立っている部分があるので、サッカー以外のことでも活動を増やしていかないといけないと感じます。そして災害が起きてからのアクションだけでなく、起きる前の日常的なアクションを考えていきたいです。
――Jリーグが行政、企業との連携を進めている「シャレン!」にも近い考え方ですね。
Jリーグは開幕から時間をかけて歴史を作ってきて、百年構想という地域に根差した形でやってきています。未来のことを考えた時、サッカーのことだけでなく、なぜクラブがその場所に存在しているのかということを問いかけながら、より大きな枠組みを持って活動していかないといけないと思っています。
——そうした意識はコロナ禍でより強まりましたか?
中断期間中、とくに難しさを感じたのは、自然災害であればいろんな人と議論をしながら、その場に出向いて活動を行うことができますが、今回は自粛をすることで感染者を増やさないこと、まず自分が感染しているかもしれないという想定が必要だったことです。外に出向くことが難しかったので、活動が制限されていたように感じます。また情報が精査しにくい、前例がないという難しさもありました。
ただ、今後落ち着けば、やれることをやっていきたいと思っています。実際に足を運んで、現地の情報を目で見て、理解して発信していくという機会は限られますが、オンラインで交流できる時代になっていますし、そういう機会も少しずつ作ることができるようになってきたので、もっと回数を増やしながら新しい対策をとっていけると思っています。
――そうした中、Jリーグではクラウドファンディングの取り組みも行っています。経済支援の重要性を感じることはありますか。
もっともっと選手たちがそこに入っていくことが大事だと思っています。支援の力をより大きくすることや、実際に支援をする側に回ることは、サッカー先進国の選手に比べると力が及んでいない部分だと感じますし、意識も含めて変えていかないといけないと思っています。僕たち日本人選手は自分たちで寄付をするという回数がそれほど多くありません。意識も含めて足りないと思います。応援してもらっているだけの立場にいる選手も多いので、支える側にもっと回っていかないといけないと思います。
――サポーターの中にもそうした活動をサポートし、実際に関わりたいと思っている方もいると思います。アドバイスなどはありますか。
まずは興味を持つだけでも十分だと思います。全く興味がないことが一番の問題です。興味を持って、知って、耳にして、目にしていただきたいです。そこから実際に何ができるかは一人一人違うと思います。アクションに至るまでのハードルも人によって違います。ただ、そのハードルを下げていくのは枠組みをつくる人の問題かもしれません。
もっと選手が情報を発信していって、自分たちも参加して、ハードルを下げていくことが大事だと思います。いろいろな活動をしていて、選手からも参加して良かったという声を聞くことが多く、参加してみないとわからないこともあります。そういった方々のきっかけをつくってあげることが自分たち選手たちの役割かなと思いますし、自分も取り組んでいきたいと思っています。
◆佐藤 寿人(さとう ひさと)
1982年3月12日(38歳)
埼玉県出身。ジェフユナイテッド市原(現千葉)のアカデミー組織で育ち、2000年にトップチーム昇格。01年にはU-20日本代表の一員としてワールドユースに出場した。
02年にセレッソ大阪、03年にベガルタ仙台に期限付き移籍。04年には仙台へ完全移籍し、J2リーグ44試合20ゴールを記録。この活躍が評価され、05年にサンフレッチェ広島に加入した。
広島では初年度から二桁得点を続け、J2に降格した08年もクラブに残留。40試合28ゴールでJ2得点王を受賞し、1年でのJ1復帰に大きく貢献した。その後は広島の黄金時代をエースストライカーとして牽引。12年にはJ1得点王(22ゴール)を受賞し、初のJリーグ制覇を達成した。広島を13年、15年のリーグ制覇に導いた後、17年から名古屋グランパス、19年から千葉で活躍している。
Jリーグ通算219ゴールは歴代最多。日本代表としても31試合4ゴールを記録している。
2020年8月21日現在
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