こんばんは。五十嵐 丈です。

私たちが挑戦している【umu project】は志に賛同した4名が発起人となり、構成されております。
3人目のメンバーである日吉さんをインタビュー形式で紹介させてください。

 

日吉 珠美(Hiyoshi Tamami)

●経 歴

2016年春より2年間、関川しな織協同組合の15代研修生。

2013年より京都造形芸術大学の通信教育部で染織を学ぶ。「産地研究」という課題があり、三大古代布を知る。芭蕉布の沖縄は遠い、静岡の葛布は体験の料金が高め、山形のしな布は2泊3日の体験料金が手頃と調べていくうちに、しな布で2年間の研修生制度があると知り、2泊3日を2年に変更。18年半勤めた会社を辞め、神奈川県鎌倉市から転居。2年間の研修生&里山暮らしを終え、現在は北鎌倉に居住。

 

五十嵐:都会暮らしから一転、田舎暮らしへ。転居に不安はありませんでしたか?

日 吉:里山暮らしもしてみたかったんです。ムツゴロウ王国に憧れて、いつかは北海道の夢の王国で働きたいと思っていたこともあったので、不安よりもワクワクする気持ちでした。

 

五十嵐:関川を訪れてみていかがでしたか?

日 吉:初めて関川に行った時はJRあつみ温泉駅から関川行きというバスに乗りました。3月の中旬だったと思います。乗客は私を入れて3人。駅前から定点的にあったバス停が、しばらくして山沿いに入ると集落があるところにしかないんです。集落から次の集落までが不安になるくらい遠くて、道路は田んぼ道から山道へとどんどん険しくなり、駅前にはなかった残雪が走るほどに高さを増していき、乗客も降りるばかりで後半は貸切状態。最後にトンネルまであって、終点の関川に着く頃には不安を通り越して笑うしかないって感じでした。

 

「しな干し」洗ったしなを乾燥させる、関川が終点のバスは一日に5本ほど

 

五十嵐:やっぱりやめようとは思いませんでしたか?

日 吉:環境を変えたいという気持ちもあって決めたことだったので、やっぱりやめておけばよかったと後悔したことはないですね。それよりも知らないことや面白いことが次から次へとあったので、生活しながら関川ワンダーランドを楽しんでいました。

 

五十嵐:関川ワンダーランド!?

日 吉:私の場合は織りというやりたいことがあって、そこを追求した結果たどり着いた場所です。織りもできて里山暮らしも楽しめる。夢の国に住んで好きなことに向き合うという小さなころの夢が叶ったと言えるかもしれません。

 

五十嵐:関川ワンダーランドはどんな場所だったんでしょう?

日 吉:不便な場所であることは確かです。買い物も困るし、本屋や映画、美術館といった文化的なものからは縁遠くならざるを得ない。何もないといえば何もない場所です。でも、そういう環境にいると、自発性が育つんだなと感じます。例えば、都会で暮らしていて困ったことがあったら、まずは人に聞くとか誰かを頼るとか、他力で解決することを考えます。けれど、関川では、原因を探る→できることをやってみる→それで直しちゃうが普通です。

 

五十嵐:どんなものを直したんですか?

日 吉:しな織センターの織機に不具合が発生したとします。実際よくあるんですけど、そうすると弓子さん美穂さんという織りのお二人が様子を見て、原因を探ります。摩耗ですり減って本来の機能を果たしていない部品があるとわかったら、その辺にある木片とノコギリを持ってきて切り出して、トンカチを使って修理完了。そんなことがしょっちゅうありました。たくましいなぁと思います。自分で考えて行動してすぐに日常を取り戻す。当たり前に普通に片付けて、何でもないことにしている。手に余ることは相談して手伝ってもらいますけど、基本は自力、それが当たり前なんです。そのさりげなさに私はよく感動してました。そうすると、え?何が?という反応で、その当たり前っぷりがすごいなぁと。

 

五十嵐:自力が当たり前というのは他の面でも感じましたか?

日 吉:そうですね。しな布もそうです。織りをやっていたら、糸は基本的に買うものです。でもしな布ではその糸を作るところからやるわけですよ。まずは山に行って木を切るところから始まるんですから、重労働です。その後も煮たり洗ったりという季節の屋外労働がある。使う道具にしても、木を切るために今はチェーンソーを使いますけど、それ以外は昔ながらの手作業です。自然を相手にして大変だと思うのですが、関川の方々はその季節が来たからと淡々と取り組んでいるように見えます。大変でしょう?と聞いても、そうだねでもいつものことだから、というスタンス。その気負いのなさ、さりげなさ。すごいことなのに少しもすごいと思ってない。しな布を作るための作業や労働が、日常に、生活に、落とし込まれている。一方で、そういう世代が今どんどん減っていることに危機感を感じます。高齢化もそうですし、若い方々は生活のため外に働きに出るとなるとしな布に日常的に関われる環境はなかなか作れませんから。

「しな漬け」米糠と水を混ぜしなを漬ける、夏の暑さで発酵し重しを載せた容器の蓋が押し上げられる

 

五十嵐:しな布は、関川の方々にとってどんな存在だと思いますか?

日 吉:外から入った私からすれば、そこにしかない宝だと思います。でも関川の方々にはその輝きが当たり前すぎて何でもないものに見えるのかもしれませんね。そういう状況をもったいないと思って働きかけても、もったいないというだけでは皆さんの心には響かない。そのこともよくわかりました。今後のしな布の行く末は集落の方々次第だと思います。外部からの支援や指導も、集落の方々の意欲があってこそ発揮されるものだと思うので。

 

五十嵐:今回のプロジェクトに関してはいかがでしょう?

日 吉:もしこのプロジェクトがなかったら、しな布と私の縁も切れてしまったかもしれません。関川という集落はある種、閉鎖的な側面があります。ただ、集落の方々と外部をつなぐパイプがあれば、そこを通じて交流ができたら、新たな展開も期待できるのかもしれない。そのパイプ役となるべくこのプロジェクトを成立させたい。そう考えています。

 

 

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