プロジェクト概要

このままでは生まれ育った集落がなくなってしまう。。。ムラの象徴「しな」を使った起死回生の地域存続プロジェクト!

 

 

 こんにちは!五十嵐 丈と申します。ページをご覧いただきありがとうございます。このプロジェクトは冨樫 繁朋、日吉 珠美、草島 侑子の4名で挑戦しています。

 

 私、五十嵐 丈は山形県鶴岡市の温海(あつみ)地域にある「関川」で生まれ育ち、大学を卒業後Uターンしました。関川地区は四方を山々に囲まれた小さな集落で、最寄りの信号まで車で20分、徒歩だと4時間近くかかります。鶴岡市民でさえ滅多に訪れることはない、山間部に位置しています。

 

 ここでは日本三大古代布の一つといわれる自然布の「しな織」を作っています。日本で最古の織物と言われているしな織は、しなの木の内側の樹皮を剥ぎ取り、反物に織り上がるまで22もの工程を要し、その全てが手仕事です。今でこそ工芸品ですが、しな織はもともと、魚をとるための漁網であったり、お米を運ぶ袋であったりと生活に欠かせない必需品として重宝されていました。

 

しな洗いをしている様子
しな織の様子

 そして、毎年冬になると2mを越す大雪となる関川地区。なんと、今から40年ほど前までは、雪によって孤立してしまうような集落でした。そんな土地だからこそ、しな織はムラ人の大切な生業として長年大切にされ継承されてきました。そして、人々の結束もムラの誇りであるしな織によって強く結ばれていました。

 

 しかし、昭和50年には233名いた地区人口も平成29年時点で128名と半数近くまで減少。山から都市へ人々のライフスタイルが一気に変化し、「しな」に携わる人々も減少しました。そして、かつてのようなムラの姿は薄れ、集落そのものの存続も難しくなってきています。

関川の冬

 

 そんな状況を見て、私は「生まれ育った関川に何か恩返しがしたい。どうにかして、関川の魅力を伝えながらも地域経済が潤うような仕組みが作れないものだろうか」と考える日々を送ります。そんななか、ある時私は決心しました。ムラの象徴である「しな」に新たなアプローチを加えた製品づくりに挑戦することを。

 

 私の想いに少しでも共感して頂いた皆様、応援のほど何卒よろしくお願いいたします!

 

大学の時に受けた衝撃。「自分の生まれ育った故郷は限界集落のド真ん中にいる」そして、こんな私を全肯定してくれるムラ人達の存在。

 

 新潟で一人暮らしを始め、大学にも慣れてきた頃。たまたま帰省した際にふと母から「また、ここからまた2軒が市内へ引っ越すの」という話を聞かされました。これまでの私なら聞き流していたことでしたが、この時ばかりはなぜか「ハッ」としてしまいました。なぜなら、これまで他人事だと思っていた「過疎地域」、「限界集落」が実は身近であり、さらに私の故郷はそのド真ん中にいることを初めて自覚したからです。「このままでは近い将来、故郷がなくなってしまう…。それだけはどうしても避けたい...。」というストレートな感情がどっと湧き出してきました。そして、同時に「諦めるのではなく挑戦するんだ」という強い気持ちで自らがリーダーとなり、行動を起こなさければいけないという使命感が芽生えてきました。振り返れば、これが私の「地域愛への覚醒」の瞬間だったと思います。

 

 関川地区では毎年10月の第2土日に、1,000人もの来場者が訪れる大規模なイベント「しな織まつり」が開催されます。私はまず、手始めにそのイベントを手伝うことにしました。開催時期に併せて帰省すると、近所のすえこさんやかなばあさんがわざわざ近づいて来て、「おめだばめんこいのぉ!帰ってきて偉いのぉ。」と声をかけてくれたんです。私は驚きました。ただ手伝いに帰ってきただけなのに、心の底から褒めてくれたのです。そして、こんな私を認めてくれたのです。私は涙が込み上げてきました。ここよりありがたいところはないなと。こうして、私の地域へ恩返しをしていきたいという想いが、地域の人達によってさらに高められていったのです。

 

 その後、私は大学4年生の時に、温海地域の5地区を連携する「福栄地域協議会 福の里」の「地域活性化推進員」に着任し、地域おこし協力隊の方々と一緒に活動させていただきました。

 

 毎週、車で片道2時間半をかけて山形と新潟を行き来。平日は山形で、土日は新潟へ戻り、研究と地域活動を並行して行う一年間を過ごしました。

 

 推進員の契約が1年間だったこともあり、翌3月の任期満了と同時に大学も卒業。私は就職することにしました。就職先に選んだのは地元の銀行。今一度、何をするべきなのかということを自分自身に問いかけたところ、地域へ恩返しをしたいという想いに変わりなく、そちらにお世話になることにしました。

 

しかし、自分自身が地域の消滅を後押ししてしまっていることに気がついた結果、

 

 私は24歳でフリーターになりました。同じ鶴岡市ではあるものの1年間、片道40分、冬季は1時間、山という山を越え通勤。(ちなみに家に帰る途中4回圏外になります。)毎日の通勤の中で自分自身の行動が地域の消滅を後押ししてしまっていることに気がつき、矛盾を覚え、もがき苦しみました。

 

 仕事がないため市内まで通い、お金を稼ぎそこで使う。一方で山間部にお金を持って来る方法は少ない。お金がないから仕事がなくなる。仕事がないため市内に出て働く。この負のサイクルが山間部での生活を苦しくしていると感じました。

 そこで、これまでにはない流れをつくる必要性を感じ、現職である「NPO法人 自然体験温海コーディネット」に就職しました。ここでは、温海ならではの自然や文化、社会を題材に体験プログラムを作成し、提供するサービスを行っています。ここでの仕事は、先人たちが引き継いできたものを守り発展させるだけでなく、地域経済を潤すことができます。

 

 

umu projectを通してやりたいこと

 

 先述した通り、現在の関川は、雇用を生み出す場所がありません。それが人が離れていく大きな理由の一つになっています。残念ながら「住みたい場所」と「住める場所」は似て非なるもの。集落がなくなってしまうスピードを緩めるには、地域にお金を落とす仕組みと雇用づくりが必要です。また、「しな」を伝統工芸品としてだけで発信していくだけでは限界があり、産業に発展させることも重要です。そこで新たに企業法人「羽越のデザイン」を有志で立ち上げ、先人が作り上げてきた関川の自然・文化・社会を未来につなげ守り発展させるため、【umu project】を発足させました。(法人格取得へむけて現在準備中)発起人は冨樫 繁朋、日吉 珠美、草島 侑子、五十嵐 丈の4名です。

 

冨樫 繁朋(Togashi Shigetomo)

●経 歴

1979年、鶴岡市鼠ヶ関で生まれ育つ。高校卒業後は大学進学と同時に上京。そのまま都内のITベンチャー企業に就職し、数社渡り歩く。そして、3年前にUターンし地域活性を目的としたNPO法人に就職。現在は事務局長として温海地域のために全精力を注ぎ込んでいる。

 

●冨樫 繁朋の【umu project】に対しての想い

3年前まで、私にとって関川しな文化は想像もつかない遠い存在。しかし、初めて目にした時、その生きた文化財に感動が幾度も溢れてきました。それから、様々な形で携わり、光の部分だけではなく影の部分も知ることができたのは、自然な流れだったと思います。地域としっかり手をとりながら、変わってはいけないものを守れるように、変わっていきたいです。

 

日吉 珠美(Hiyoshi Tamami)

●経 歴

2018年3月、京都造形芸術大学芸術学部美術課卒業、染織を学ぶ。2016年春に関川しな織協同組合15代研修生となる。2年間里山暮らしをしつつしな布・しな織にどっぷりと関わる。現在北鎌倉在住。大学卒業生有志で結成した「+fact織y(テンファクトリー)」に在籍。織物作家を志す。

 

●日吉 珠美の【umu project】に対しての想い

私は、関川の方々が巡る季節に応じ、至極当然のこととしてしな布に向き合う姿に何度も感動してきました。自然相手の作業が人間の都合で簡単便利に行えるはずももありません。しかし、集落では季節を受け入れるがごとく、むしろ淡々とそれらの作業を行っています。できあがったしな布が美しい理由は、関川集落の日常の営みを大切にする。そういった姿を映し取っているからに他なりません。集落の、そしてニッポンの宝である「関川しな文化」を存続し、発展させたい。私はそう願い行動します。

 

草島 侑子(Kusajima Yukiko)

●経歴

1987年生まれ、鶴岡市出身。 高校卒業後、東京の専門学校へ進学。 その後様々な職種を経験。 2016年にUターン。 飲食店勤務を経て、現在はフリーランスとして活動中。

 

●草島 侑子のumu projectに対しての想い

関川のゆたかな自然に魅了され、そこに住む方々の地域を存続させたいという強い気持ちに心を動かされました。 これまでのしなの文化を大切にしながら、新たなアプローチで関川の魅力を発信していきます。 私自身、足を運ぶ度にどんどん好きになっていく場所。たくさんの人に実際に来て頂いて、この地域の魅力を感じて欲しいと活動しております。

 

 

 【umu project】の活動第一歩目は、これまで見向きもされなかったしなの花を活用したコスメの製造・販売。このプロジェクトでは関川地区の人達と一緒に、しなの花を摘んだり、PRしたり、研究したり、一丸となって取り組み、成功や失敗を幾重にも重ねていきたいと思います。この貴重な経験が、実現させたい地域経済を潤す仕組みづくりの礎になります。

 

 自然体験の仕事をしたり、しなの花のコスメを作ったりと、一見様々なことをやっているように見えますが、すべては地域経済を潤すための仕組みを作り、地域へ恩返しをしたいというところに帰着します。

しな績み作業の様子

※プロジェクト名にある「umu」とは、しな織ができるまでの22の工程の一つ、糸と糸をつなぐ「しな績み(うみ)」に由来しています。

 

日本初!しなの花のコスメ

 しな織は、しなの木の内皮を用いて糸を作りますが、それ以外の部分はこれまで関川地区では利用されていませんでした。原料をバッティングさせることなく、新たに商品をつくるべく模索していく中で、しなの花に高い抗酸化作用があるということがわかりました。そこで平成26年より当団体のサポートメンバーが事務局を務める「しなの花活用プロジェクト研究会」を発足し、試行錯誤を重ね、関川の「しな」に適した化粧水と石鹸の開発に日本で初めて成功しました。

 

 今後、私たち【umu project】がその製造レシピを引き継ぎ、地区住民と一緒に採取したしなの花を買い取り、乾燥の工程を経て、専門の業者に納品し製造します。そして、私たちができた製品を販売し、そこで得た利益でさらなるしなの花を活用した活動を行います。そうすることで、地域へ継続的にお金が回る仕組みが作られます。つまり、私たちの事業が大きくなればなるほど地域が潤うという関係性です。

 

しなの花の写真

 コスメの製造は同じ庄内地域にある田川郡庄内町の「ハーブ研究所スパール」に依頼します。スパールは30年以上前よりオーガニックの先をいくモア・オーガニック「モーガニック」という考え方を実践。ケミカルな成分を全く使用しない、天然成分100%のオーガニックコスメを製造販売されています。そこで製造してもらうことで、お使いいただく皆様にはもちろん、自然にも安心・安全なコスメを自信を持ってご提供できます。

 

 

 今回のご支援金は主にコスメ製造委託費とデザイン費に充てさせていただきます。金銭面の支援をしていただくことは大変嬉しいことですし、このプロジェクトを通して、しな織や関川地区にも関心をもっていただければ幸いです。なお、今年のしな織まつりは、2018/10/20土・21日に開催予定です。秋の味覚も多彩に揃い、舌を悦ばせる時期でもございますので、この機会に関川に遊びにきていただければ嬉しいです。

 

●制作までのスケジュール

2018年9月末    しなの花の納品

2018年10月中旬 しなの花の化粧水の完成

2018年12月   しなの花石鹸の完成

 

最後に

 

 誰しもが心のどこかで「人生の中で自分にしかできないことをやりたい」と思っているはずです。私にとっては故郷に対して恩返しすることがそれであり、自分が命を費やすべきことであると感じています。

 

 これから50年先、関川に住み続けることができるのかと言われると、「できる」と答えるのは容易ではありません。リアルに考えて50年先の関川の人口はおそらく9人程度。その中で、神社や寺など集落を維持していくことは非常に難しいです。

 また、地方の社会保障費が膨らむなか、山間部に行くための道路に1,000万円をかけるよりも病院にお金をかけたほうが良いということはわかります。

 

 それでも、故郷がなくなっていくのを黙って見ていることだけは、どうしても嫌です。だからこそ、地域の魅力を伝えながら、地域経済を潤す仕組みを作り、できるだけ緩やかに坂を下る。そして、同時並行で誰がどんなことをして生きていたのかということを写真で残していく。これが私なりの故郷に対しての恩返しの形です。

 

 現実に向き合いながら挑戦し続けますので、どうかご支援のほどよろしくお願いいたします。

 

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以下2つの製品を製作したことをもって、プロジェクトを終了します。

①しなの花化粧水  
製作完了日:2018年10月13日 
製作個数:160本 

②しなの花石鹸   
製作完了日:2018年12月29日 
製作個数:735個

 


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