平和へのプロセスは「対話」であると書いた。相手を説得するのではなく理解するための対話だ。(その話はこちら

フランスの思想家であり作家でもある、ボルテールが「Tolérance(トレランス)」という言葉を用いている。「Traité sur la Tolérance」で寛容論。彼は新教徒(ユグノー)が迫害される18世紀のフランスで不寛容な宗教、とりわけ当時の教会に対して「寛容」を説いた。

イスラム教徒や難民に対する風当たりが強くなり、他民族への排斥をがなりたて、インターネットでは批判が毎日のように吹き荒れる。私のユーチューブチャンネルに子どもたちとの演奏の動画(現在は限定公開)がある。そこに小学生や中学生と思しき書き込みが並ぶ。その殆どが批判的なものだ。「へたくそ」「ふざけるな」という罵詈雑言。

私はそれらを否定しなかった。表現は自らの手を離れた時、人の解釈に委ねられるべきだとの思いからだ。また、年端もいかぬ子らの罵詈雑言に批判を重ねても無意味だろう。


「へたくそ」
「あなたが、どのように思っても結構です。何といっても構わない。ただ、私はこの演奏を素晴らしいと思うし、この子らと出会ったことを今でも誇りに思っています」

その後「どう思おうと私の勝手なんだから」というコメントがついた後、翌日、私のコメントごと消去されていた。

寛容が薄れ、人のために祈るという行為がないがしろにされている気がする。彼の名言(部分翻訳らしいが)を読むにつけ、18世紀のフランスもそうだったのだろうと思う。

I disapprove of what you say, but I will defend to the death your right to say it.

私は君の意見に反対だ。しかし、君がそれをいう権利は生命をかけて守って見せる。
"The Friends of Voltaire" 1906

人類は恐ろしいほど歴史から学ばない・・・。
 

 

新着情報一覧へ