ホームにも掲載されている、タクロバンのコンベンションセンターが今回の訪問の際に、閉鎖されていました。

では、避難されていた人々は、どこに行ったのか?

無事に、自分の家に帰れたのか?

もともとそこに住んでいた避難者の中には、本来住んではいけない地区に住んでいた方も多くいます。

彼らには、帰れる場所はありません。

そこで、政府が用意した「仮設住宅」に移ったということ。

私は、東北の仮設住宅も何度も訪問しています。

フィリピンの仮設住宅は、同じ「仮説住宅」という言葉を使うことをためらうような建物でした。

トイレや、台所はすべて共同で、小さな部屋の中に、6人程度の家族で暮らしています。

40度を超えるここフィリピンの夏、部屋に窓もありません。

ここに住む、全ての人を支援することはできません。

しかし、子供たちに教育の場を与え、その子供の中から、この国の根本的な問題を解決してくれる人材が生まれることを期待します。

そのためにも、一日でも早く、学校の再建を実現したいと思います。

(被災直後のコンベンションセンターの様子)

(現在の様子)

(仮設住宅の炊事場)

 


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