みなさん、こんばんは!

 

お世話になっております、野寺風吹です。

 

支援の達成率ももう少しで2桁台に達し、ページ訪問者数もあと少しで2000人を超えそうです。多くの人に気にかけて頂き、本当にありがとうございます!

 

 

さて、今日は障害の捉え方という観点からお話をします。

 

私は、幼稚園まで聾学校に通い、小学校から普通学校、そして大学からデフサッカーを始めて健常者とろう者のどちらの世界にも関わってくるようになりました。ろう者だけの世界、健常者だけの世界、両方の世界を体感できたことは自分にとって人生の中で大きな財産になっていると感じています。

 

「障害は個性」

 

という言葉をよく耳にします。

 

しかし、自分の中でこの考え方は腑に落ちないのです。

「個性」という言葉は前向きなイメージが強いと思います。

例えば、個性がその人だけのキャラを持っているという意味だとします。

でも、正直に言って「自ら障害を持ちたい!」という風に考える健常者なんているんでしょうか?

そういう点ですごく引っかかっているのです。

 

色々と考えた結果、「障害は苦手なこと」という風に考えればすんなりと通るのではないかという風に思うようになりました。

障害を持っている人だって「耳が聞こえなくても、目は見える」「目が見えなくても、耳は聞こえる」わけで、全部の機能に障害を持っているわけではありません。

健常者だって、「勉強はできないけど、運動はできる」「運動はできないけど、料理はできる」人はいるでしょう。

その違いに差があるでしょうか?

 

健常者は、障害がないことが普通で、障害者がマイノリティだと思う傾向が自然と出てきてしまっています。

 

でも本当にそうなんでしょうか?

自分は「障害はもっと身近なもの」という風に考えています。

 

目が悪くてメガネやコンタクトをしている人、

年を取って耳が遠くなってきた人、

ケガをして足が悪くなってしまった人

 

いま五体満足でいる人だって、いきなり明日事故にあって足を失ってしまっているかもしれません。難聴の病気にかかって、聴力を失ってしまっているかもしれません。

 

皆さんが思っている以上に

 

障害は日常に潜んでいるもの

 

という風に私は捉えています。

 

そして、この考え方こそが誰もが平和に生きることができる共生社会にとってのキーポイントだと思っています。

 

この第一歩として、10/28に以下イベントを開催します。

勉強会という形で考えているので少し値段設定が高めになっていますが、新たな視点から障害を捉えるきっかけになってくれればと思います。

参加してみたいという方は、ツイッターやフェイスブックでコメントを頂くか、t.kyoho2018@gmail.comのアドレスにメールをお願いします。

 

少し宣伝も入ってしまいましたが、これからも「共生社会」に向けてこのようなイベントも積極的に行いたいと思っています!

 

少し長くなってしまいましたがご覧いただきありがとうございました!

 

 

 

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