もっとHuMAについて知って頂きたいシリーズ、第二弾です!

今回は当団体常任理事 二宮宜文先生に、2003年HuMAの初めての医療支援活動についてお話して頂いています。

イラク国境で野戦病院を設立し、活動されていたお話であり、これらたくさんの経験を元に、現在もHuMAの若手スタッフに多くご指導して下さっています。


***********************************

2003年2月、私はヨルダン国アンマンにいました。国連のもと多くの組織がやがて起こるだろうイラク戦争で出る難民に対して難民医療支援を行う準備をしていました。準備を開始して約1ヶ月が経過していました。HuMAを立ち上げて初めての大仕事であり、野戦病院のノルウエーからの輸入、イラク国境の町で前線宿舎の設営のために、部屋を借り、トイレを整備、シャワーの設置、カーテン、ベット、食器などの生活用品の購入。患者搬送用車両を中古車市場に行き調査と購入。国連や赤十字や他の組織との打ち合わせ。アンマンでのベース基地の設定など忙しい毎日を過ごしていました。

その中で国連と一緒にイラクに出稼ぎに入っているエジプト人2万人のエジプト帰国支援がありました。イラクからバスでヨルダンを横断してエジプトまで何千キロの搬送です。バスに医療スタッフを配置乗車。行程の何カ所かに救護所を設置し医療チームを配置するというプロジェクト計画を国連と立てました。最終的にはHuMAはイラク国境に野戦病院を設営し診療を行いました。5ヶ月に渡るHuMA最大のミッションでした。

2月末に私が日本に一時帰国するとき、1990年にアフガン戦争で国際赤十字委員会の戦争外科医として働いたときに、多くの一般市民が犠牲になったことを思い出し、イラクでの戦争は絶対避けてほしいとの気持ちになり涙ながらに帰国しました。しかしその思いもむなしく3月20日に戦争が始まりたくさんの難民がイラク国境を越えてHuMA診療所に来ました。

 

心が痛むHuMA活動の思い出です。


***********************************

新着情報一覧へ