野草ガーデンの敷地は、遠州国報徳社の副社長として、遠州の報徳活動の中心として活躍し、また、掛川市に全国初、信用金庫のルーツ「掛川信用組合」が設立したすぐ後に現在の磐田市で見付聨合信用組合を設立、この仕組みが全国の手本となってに広まりました。農業農村の村おこし、今の農協や信用金庫の先駆けである産業組合の礎を作った人、伊藤七郎平翁の住まいでした。

 

報徳の教えは、今は風化してしまいましたが、昔何処の小学校にもあった銅像二宮金二郎さんの誠実・まごころ・勤勉を範とした教えです。

 

真面目に農業を営み、まごころで地域を愛しみ、日々向上を積み人の役に立つ生き方を諭す。

 

まさに、ふかみ野草ガーデンの目指す考え方にふさわしい場所であります。

現在、伊藤七郎平翁の偉業をたたえる石碑がありますが、この石碑は、ふかみ野草ガーデンの象徴として、ガーデンのシンボルとして保存します。

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