応援してくださっています皆様へ

高杉奈緒子を応援していただき本当にありがとうございます。
ファンド終了まで、残り
あと、4日となりました。

あともう少しで終了しますので
色んな思いを書いていこうと思います。
私は、来週で 41歳となります。
私は、耳が聞こえない自分として40年間生きてきました。

これまでに、色んなことがありました。
話せば深く長くなるので簡単に書いていきたいと思います。
私は、オートバイレースを始めるのは遅かったです。
高校時代にオートバイの魅力に取り付かれながらも
高校1年生からアルバイトをしながら1年間で
100万円を貯めて、オートバイの免許を取得して
オートバイを買いました。
その時代での戦う相手は、まず母親と兄貴二人から(父親は中学時代に離婚)
オートバイという乗り物を反対されていました。
自分の生きがいであるオートバイに乗るために
ただ一人、長く戦い続けました。
複雑な家庭だったので、本当に厳しく難しかった。孤独だった。
ずっと死にたいと毎日思っていました。
自分のやりたいこと、道もなくて希望もありませんでした。
ただ何も無く生きているだけ
誰かに助けて欲しいって思っていました。
家族で孤立していて、暴力や争いごとばかりだった記憶しかありません。
家族で味方がいなく、生きる意味さへもありませんでした。
これはまた話が話が長くなるので、またいつかに話出来たらなと思っています。
自分の生きがいであるオートバイに乗り続けるという、自分のやりたいことを突き通す道を選び
19歳で家を出ました。
自由になりたかったのと、自分のやりたいこと自分の道を自分でありのままに決めたかったからです。
生きるために
自分のことは自分で責任を持ってやらなきゃいけないと決めて兄貴や母親とは絶縁状態でした。
10年?以上は連絡を取っていなかったような気がします。
お金も貯金もない状態で家を出て一人暮らしを始めました。
正確にいえば、出て行けと言われ、荷物をまとめているにも関わらず
その荷物や服を玄関外に真夜中に掘り出されました。あれは本当にみじめで悲しかった記憶しかありませんでした。
オートバイと荷物を持って家を出ました。
しばらくは、友達や元彼の家に泊まったり公園で野宿したりと色々でした。
やっと家を借りました。
仕事でも、オートバイレース生活を確保するためにさまざまな努力をしました。
すべてが戦いだった。
食器も布団もフライパンや鍋も何もない狭い1ルームから始めました。
その時に、元彼の家に助けてもらいご飯を食べさせてもらったり
いらない食器や、フライパンや鍋などをくれたりしていました。
生活費を節約しながら、わずかなお金で安いバンを購入したり
工具を揃えたり、ミニバイクを購入したりしました。
ジムカーナを走ったりしました。
それはそれで本当に楽しかった。
色んな人達に出会い、たくさんの仲間達が出来ました。
耳が聞こえなかった自分に生きがいをくれたこと。
それは自信につなげることが出来ました。
こんな自分でも生きてもいいんだって思えるようになりました。
私は、最高のスピードを求めたくて、サーキットに行きたいと
サーキットは、鈴鹿サーキットしかないと思っていた時代ですから
ネットという情報がない時代に、なんとかレース用マシンを買える様に探しては
東京まで、一人で取りに行き、そこから
鈴鹿サーキットのライセンスを取得してサーキットに行きました
そのときの鈴鹿のライセンスは、8万ぐらいだったかな?
食費もすべてを削りながらも生活をしていました。
整備の知識も無く走っていたのでマシンが壊れてしまい
修理にもお金がかかると途方にくれていたら、
ミニバイクをしていた方に
本格的にレースをしたいのなら、ミニバイクから始めたほうがいいと教えてくれ
そこから、ミニバイクレースをその方に教えてもらいながら始めたのが23歳
節約しながら、ミニバイクレースにお金をつぎ込み
全国のミニバイクサーキットに遠征したりとすべて毎週がレース生活でした
ミニバイクでトップ争いをするようになってから
鈴鹿サーキットに戻り、もう一度夢を追うことにしました。
世界に行きたい
海外のサーキットを走りたいと、ミニバイク時代に発言していた言葉が
本当に実現させられるとは思いませんでした。

一人から始まった、オートバイとの生活
オートバイレースへの道に進み、今もなお続けられています。
ずっとずっと一生懸命に走り続けてきた自分がいます。
走り屋時代から、ミニバイクレースへと
ミニバイク時代から日本のロードレースへと
ロードレースから海外レースへとつなげてきました

これまでの苦労してきたことも忘れるぐらい、オートバイレースに夢中で
一生懸命に走り続けてきました。
挑戦し続けるというスピリッツを今でも保ち続けているということ
本当に不思議なことだなと思っています。

あまり自分が苦労してきた道はお話したくないというか
苦労したと今は思っていないので(^-^;)当たり前なことかな
最後になるファンドを通じて書いてみました。

今までの人生を書いたら
もうどれだけのページになるのかな

走れる環境があるということは本当に幸せなこと
走らせてもらえるということは本当に幸せ
応援してもらえるということは本当に幸せなこと
助けてもらえるということは本当に感謝なこと

すべてを感謝と思えるようになるところまで来れたこと

続けられていることに本当に感謝しています。
今は、たくさんの方々さまに助けられて応援してもらっています。
本当にありがとうございます。

長いお話にお付き合いありがとうございます。

高杉奈緒子
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