代表の北村です。今日は "OMOIDE" の誕生秘話について少し書いてみたいと思います。

 

私がこのサービスを作ろうと思ったきっかけはいくつかありますが、その最初のものは祖母の死でした。 

祖母は72歳、私が大学院生だった時に肺がんで亡くなりました。がんが見つかった時にはすでに末期で通常であれば手遅れという状況でしたが、比較的若かったこともあり、治験として承認前の新しい抗がん剤を使った治療をすることになりました。2回の治療の結果、あと少しで外科手術が可能になるというところまでがんは小さくなったのですが、この抗がん剤は副作用が思いのほか大きく、それ以上の抗がん剤治療は逆に命の危険があるとの判断から、治療を断念することになりました。祖母は自宅に戻り、それから1年半ほど経って静かに息を引き取りました。 

当時、祖母は福岡に、私は大阪に住んでいましたので、学校が長期休みに入るたびに彼女に会いに行きました。祖母が亡くなる直前、夏休みに会いに行った時のことです。祖母がふと、「これまで何度も大病をしてきたけど、今回は負けてしまった」と息を吐くように呟きました。祖母は窓の外のどこか遠くを見つめていましたが、その目に映っているのが外の景色ではなく、祖母が生きてきた遠い昔の景色なのが私にも分かりました。 

その時、私は急に祖母がどんな人生を生きてきたのかを知りたいと思いました。しかし、息をするのも苦しそうになっていた祖母に長い時間会話をする力は残っていませんでした。 

私は祖母の死後、祖母のことを母と叔母に色々と尋ねましたが、断片的な話しか分かりませんでした。その時、私自身も親の人生について驚くほど知らないことに気づきました。祖母について分かったことはこんなことでした。 

  • 佐賀県有田周辺の出身で有田焼で有名な深川家の近縁らしいこと 
  • 若い頃に曽祖母と満州で暮らしていたこと
  • 満州である日ひとりで家にいると、近所で何人もの人を殺した馬賊が家に押し入ってきて、とっさに寝たふりをしたところ額にタバコを押し付けられ、それでも微動だにせずに目を閉じ続けてなんとか命を奪われずに済んだこと 
  • 偶然親族の冠婚葬祭のために一時帰国していたときに満州事変が起きて財産の殆どを失ってしまったこと 
  • 戦争疎開で東北に移り住み、そこで子供を育てるために魚の行商をはじめ、毎朝、狼の声に怯えながら何キロもの雪道を歩いていたこと 
  • 移り住んだ気仙沼でチリ津波に被災したこと 

どの話についてももっと色々と知りたいと思いましたが、すでに、祖母の話を聞くチャンスは永久に失われていました。

 

祖母と撮った最後の写真はいまも私の部屋に飾られています

 

みなさんはご両親がどんな風に生まれて、どんな風に生きてきたのか、どれくらいご存知でしょうか? 自分と同じ年齢だった時に、ご両親がどんなことを考えていたかご存知でしょうか? たとえば父が今の私と同じ歳だったのは私が14歳の頃です。反抗期真っ盛りですから、父がどんなことを考えているかなど興味もありませんでした(笑) しかし、今自分がその当時の父と同じ年齢になってみると、父がその頃に考えていたことに興味がでてきます。一度、父に尋ねてみたことがあるのですが、返ってきた返事は、「忘れた」でした(笑)

 

でも、多分それは正直な回答なのだと思います。例えば、自分が20歳だった時のことを思い出せと言われても、自分が大学3年生だったということは分かるものの、大学をさぼってビリヤードばかりしていたことや、みんなで一度キャンプにいったことなどが、大学時代のいつの時期のことだったか正確には思い出せません。当時、自分がどんなことを考えていたかについても、自分自身ですらなかなか思い出せません。もし自分が70歳になってから思い出そうとすると、なおさら思い出せないに違いありません。

 

ところで、TEDで沢山の人の死を看取ったある救急救命士が語ったところによると、人間が死に際して口にするのは、誰かに自分を覚えていて欲しいとうことや、自分の人生に意味があったのかを知りたいということ、そしてもっと家族と過ごすべきだったとの後悔なのだそうです。

 

「死の直前、人がとる行動は3つにわけられる」 ある救急救命士が、生と死の狭間で見たもの

 

私は一度、自分が病に倒れる夢を見たことがあります。私はその夜に自分が死ぬことを知っていました(なんせ夢ですから)。お見舞いに来てくれていた友人や家族が帰って行く時に私が感じたのは、私の死後を生きる私の大切な人たちの人生に、自分が登場人物として二度と参加できないことに対する言いようのない寂しさでした。

 

"OMOIDE" では、自分に万が一のことがあった際にメッセージ送信を開始するように指定することができます。例えば、20年間書き溜めたいわば自分の生きた証のようなメッセージを1通ずつ、まるで自分の人生を再生するように家族にとどけるといったこともできます。

 

私たちが死に際して望むことは、私たちの最も根源的な欲求なのではないかと私は考えます。そして、私は "OMOIDE" というプラットフォームが、こうした人間の最も根源的な欲求に応えられるのではないかと考えています。願わくば遠い将来であって欲しいですが、自分が息をひきとるその瞬間に、「私が書きためたメッセージがこれから届くことで家族はどんな風に喜んでくれるだろう」と想像を巡らせるだけで、きっと私は自分の人生に意味を見出し、安らかな気持ちで目を閉じられるのではないかと思います。

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