震災当時どんなことが大変だったのか。
何が無かったのか
当時育ち盛りの僕たちにどんな問題があったのか
実際に伝え、伝えられないとわからないこと
それは、今でも沢山ある。
学校が震災後再開した!その時も沢山の問題があった
被災状況は人それぞれ違うあの当時
家をなくし、避難所生活をしている人
家の片付けが終わっていない人
普通の生活をしている人
学校再開は、2011年4月21日始業式で登校し翌日22日から通常通りになりました。
みんなどんな被災をしたのかわからない。
聞くこともできない。
みんな黙り込む。
そして、被災組、被災していない組と分けられる
担任の先生も1人ではなく2人になる。
なぜなら、1人で対応できないくらい。僕たちの心の傷は深かったから。
給食は、パン、ヨーグルト、牛乳、豆のみ。
もちろん育ち盛りだった僕たちは満腹にはならなかった
当時、学校が再開されても給食センターが稼働していなく給食はなかった。
同じメニューが続いた時もあった
僕は、当時小学生
現在、高校2年
あの当時の事は、今でも覚えている。
そして、あの日見た光景それも忘れていない。
当時小学校で今高校生になった僕の話や
当時の様子を話す人は多くない。
だから、後世へ伝えていきたい
同じことを繰り返しては意味がない。
同じように犠牲者を出してしまったら
教訓の意味がない。
そこで、僕はこのプロジェクトを通し
皆さんに本当の現状当時の様子を発信したいのです。
何年たっても心の傷は消えません。
そして、心の傷は人それぞれ違います。
僕は、僕なりに自分の体験談をこのプロジェクトに盛り込み
皆様に発信します。

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