こんばんは!金谷光起です。

 
いつもプロジェクトページをご覧いただき、誠にありがとうございます。
 
今回は私が東北の子どもたちと交流するきっかけについてみなさまにお話をさせていただきたいと思います。
 
私は、震災の1ヵ月半後、車で各被災地を訪問している中で、被災地である宮城県名取市のサッカー協会の方にお会いし、閖上(ゆりあげ)地区の住民の皆さんが避難している「館腰小学校」を訪問しました。
 
閖上地区は、約7000人が住む漁港でしたが、700人以上が亡くなり、9割の方が家を失うという甚大な被害が出た場所です。
 
その段階で「被災地の子どもをサッカー日本代表戦に招待する」という企画を考えていたので私が体育館に訪問した際、現地にいた係の方が「サッカーが好きな子〜!!」と呼びかけてくださいました。
 
すると、7人の子どもがダーッと走って駆け寄ってきたのです。
 
特にその時は日本代表戦の話を子どもにしていなかったのですが、あまりの子どもたちの元気と勢いに校庭でサッカーをすることになりました。
 
校庭の半分が駐車場として使われていましたが、幸いゴールを使える状況だったので、子どもたちとサッカーを楽しみました。
 
小学校2年生から5年生の子どもでしたが、自宅を失って避難中とは全く思えないほど元気で、こちらがヘトヘトになるまで、サッカーをし続けたことを今でも鮮明に覚えています。
 
また、岩手県の宮古では、Fリーグが開催したチャリティーサッカーイベントに参加し、グランドが自衛隊の駐屯地となって使えない中、コンクリートの上にゴールを置いて子どもたちとサッカーをしました。(河川敷の公園なのですが、横にあるグランドはすべて使えない状態でした)
 
いろんな物資が子どもたちに配られましたが、サッカーボールを配っている時が一番子どもたちが集まり、喜んでいました。
 
そのときに渡していたボールは、ある意味、僕たちが海外に送るようなボロボロのボールも多かったのですが、「ボールもユニフォームも流されたので、すごくうれしい」と大事そうにボールを抱えていた子どもたちの笑顔をとてもよく覚えています。
 
「自分が子どもに何かしてあげたい」と思って被災地に訪問しましたが、子どもたちの笑顔と明るさから、私の方が勇気や元気をたくさんもらいました。
 
このときの経験から、「やっぱりサッカーやスポーツで、子どもたちのためにできることがあるはず」と確信することができ、その後の活動を続けていく大きな原動力となっています。
 
 
 
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