緯度と経度のない公園で

あと６日。応援ありがとうございます。

 

ここにきて、蝦名泰洋さんの短歌について、また詩について、紹介したいことも、伝えるべきことも、まだたくさんあると思えてきて、でも時間がもうなさそう、歌集ができたらまた、蝦名さんの短歌が、おのずから語ってくれるはずですけれど。

 

歌集は出版されますが、私家版両吟集は少部数しか作れないと思います。この機会（しかない機会、たぶん）なので、ぜひ。

 

追悼記事、もうひとつ載せます。昔の手紙の話が出てきますが、当時の手紙から、蝦名さんの短歌観を伝えるものを、歌集のあとがきとして載せたいと思っています。（あとがきを書けないという蝦名さんに、野樹がそうしたいって提案したのです。内容を確認してもらって「いいよ」って返事をもらったのが、亡くなる一週間前ほど前でした。）

手紙以外にも、蝦名さんが誰にも似ていない散文で、時折書いていたものは、詩論歌論としても、とても貴重に思います。

また、紹介する機会をつくれたら、と思います。

 

☆★

 

緯度と経度のない公園で　野樹かずみ

 

　蝦名泰洋と野樹かずみの両吟歌集『クアドラプル　プレイ』（書肆侃侃房）が刊行された。美しい本になった。蝦名さんに見せてあげたかったな。

私たちが短歌両吟をはじめたのは、さかのぼれば三十年も前。ふたりで交代で短歌をつけあう。長い中断があったけれど、二〇一三年から再開、それからはえんえんと続いた。一首ずつメールで送りあって、私は蝦名さんの歌を受け取ることがいつもとてもうれしかった。

 

　空となる子かもしれないおりたたむ洗濯物を階段にして　　　　　　　泰洋

　錆びついた非常階段ここから降りてくる神さまもいるだろうか　　　かずみ

　　　　　『クアドラプル　プレイ』

 

　蝦名さんに、あまり時間が残されていないとわかったころ、去年の冬に「夢物語だけど」と、少し長いメールが届いた。「両吟集を出したい」と、タイトルや構成について書いてあった。そのときになってようやく私は、両吟は、ただ私たちの遊びというだけでなく、蝦名さんが世に問いたかった詩形式であり、短歌の可能性をひらこうとした挑戦だったのだと、気づいた。「喜んでもらえる本だよ」と蝦名さんは言った。死神に背を押されるように、本を出そうと思った。蝦名さんが、末期癌の痛みと闘いながら、初稿のゲラに目を通してくれたのは、亡くなる二週間前だった。まにあった、のかな。

 

　いない日のいないさびしさといるときのいるさびしさをつなぐ角笛　　泰洋

 

　「私たちは、どちらかが先に死ななければなりません。そのことをかなしまないでください。そしてとり残されるはずのうたたちのことを、まるで朝起きてどうしても思い出せない夢のように、ときどき気にかけるようにしましょう。生まれたものは、淋しがる性質を持っているからです」。これは蝦名さんからの手紙。一九九一年六月の日付だ。この手紙を三十年後の六月に見つけて、ふるえた。出会いのほんの最初の頃に、私は遺書をもらっていたらしい。

　亡くなる前の数か月、蝦名さんは第一歌集（『イーハトーブ喪失』一九九三年）以降の短歌をまとめなおしてくれていた。蝦名さん、推敲の度に歌を捨てて行くから、どんどん少なくなる。メールで歌を受け取るのが、もう、一体ずつ、落ちてくる妖精の体を受け止めているような心地だった。その、おもさ。

　七月二十六日蝦名さん永眠。私の胸のあたりに鳥がいて、イナイトサビシイ、イナイトサビシイと啼きやまない。

 

　また生まれまた会うならばブランコで緯度と経度のない公園の　　泰洋

　

　思えば両吟は、緯度と経度のない公園だ。そこには友だちがいて、遊び続けて飽きなかった。蝦名さんが見せてくれた夢。蝦名さんが連れ出してくれた詩空間。広くて自由で、ナントタノシイ。

　野樹を、見つけてくれてありがとう。いっしょに遊んでくれてありがとう。

 

みらいらん９号　2022年1月

「クアドラプル　プレイ」に載せた写真。2013年10月、撮影、山﨑正さん。（青森を出てからの蝦名さんの写真なくて、とても貴重な写真になりました。）