みなさんこんにちは。シャンティ国際ボランティア会の神崎です。

 

タイの首都バンコクの中心部は、非常に発展して高層ビルや高速道路や公共交通機関が整い大変便利になりました。

しかし、その高速道路の下に目をやると、スラムを見ることができます。

 

第二次世界大戦後から港湾労働者の需要が増えてきて、それに伴い農村から多くの人々が住みつくことになったと言われています。

クロントは港湾局の土地で沼地です。港の近くにあるので、港湾労働者や倉庫の荷積みをしたり、仕事場の近くに家を建てて多くの人々が住み着いています。

高速道路脇にあるスラム               写真:瀬戸正夫

 

「農村で食えないよりましさ」

 

これはスラムの人たちの口癖でした。

 

タイの農村では土地をもっていない小作業で、農業だけでは家族を養っていけないため、都市に仕事を求めて出てきます。危険な仕事であっても、低賃金であってもどんな仕事にもつきます。それでも農村で何も収入がないよりもましだからです。

 

沼地に高床式の家を建て、密集した家々の間は迷路のようで、水道も下水もゴミ捨て場もない状態です。家の中は家族が横になって眠るスペースしかありませんから、食べものの煮炊きは外でします。

 

スラムでは、人々の抱える問題は多岐にわかって複雑にからみあっています。人間として生きるための厳しい環境は、到底言い表すことができないほど苦悩に満ちてます。

 

写真:瀬戸正夫

 

特に子どもたちの教育、将来の職業の問題は深刻です。

不法で住んでいるので住民登録をしていません。住民登録をしていないと産まれてくる子どもたちの出生登録もできません。出生登録をしていないと、6年間の義務教育を受けられないわけです。

 

親は教育に関心をもっておらず、子どもたちは少しでも稼いで家計の助けになればそれでいいと考えてます。

子どもたちはお菓子を売ったり、工場へ働きに出かけたり、集めたゴミの中から金目のものを拾ったりします。また、各家庭での内職としては、焼き鳥用の串を竹で作ったり、新聞紙を折って紙袋を作ったり、ビニール袋を拾って再生する仕事をしていました。

スラムの多くの子どもたちが学校に就学できないか、義務教育を終了できませんでした。

 

私たちはスラムの中で小さな図書館を開設しました。

寝るスペースしかない家では、自分だけの空間をもつことが許されません。図書館に来て好きな絵本を手にする瞬間だけが子どもの時間に戻れます。

 

スワンプルー・スラムの一角にある移動図書コーナー

 

オラタイさんはスアンプルー・スラムの出身です。

両親は、東北タイの出身で、家の前で惣菜屋を営み生活をしていました。

両親は貧しさのために喧嘩が絶えず、彼女は喧嘩が始まると泣きながら図書館に来ていました。

 

「家が狭いので勉強するのはいつでも図書館でした。

 当時1万冊程度あった蔵書のほとんどを読んでしまいました。」

 

オラタイさん

 

中学、高校時代とシャンティの奨学金を受け、現在はタイの在モスクワ外交官として働いています。

「私の外交官としての現在は、小さな図書館との出会いがなければありませんでした。図書館は、誰でも学びたければ、学ぶ機会を与えてくれます」

 

 

オラタイさんは、スラムの子どもたちの星です。

私たちは全ての人に図書館の扉を開いています。

 

1冊の本との出会いから、1人でも多くの子どもたちの夢が見つかりますように。

 

みなさんのご支援をお待ちしております。

 

 

 

 

 

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