昨日は久しぶりに南三陸町歌津地区伊里前に行く用があったので、防災集団移転予定地を訪れてみると、木の伐採がかなり進んでいました。

詳細がもう少ししりたいと、以前からお世話になっている「すばらしい歌津をつくる協議会」の事務所が近くにあったので立ち寄ると、会長の小野寺寛さんもいらっしゃり、いろいろ話しを聞かせていただきました。

 

高台移転のことを聞くと、この土地を削ったり、埋めたりして平地をつくっていると、土地造成が終わるまで、あと2年はかかるそうです。それから家を建てるわけだから、あと3〜5年はかかるだろうとのこと。国の定めた集中復興期間は平成27年度までですが、それまでには終わらないのは目に見えています。

それまでに気が変わる人も、事情が変わる人も沢山でそうです。

 

 

伊里前は漁業者も多く含む歌津地区の中心部でした。震災前、伊里前は商店と住宅が伊里前川の河口あたりの同じ地域にあったのに、今つくられている住宅地は海の見えない高台です。もう既に新築の家が立ち並んできています。集落も1カ所だけでは収まらないため、2カ所に分かれることになりました。

 

 

一方、商店街は以前と同じ場所、伊里前川の河口近くになります。そして、その手前には防潮堤ができる予定です。商店街を国道沿いにつくるのは地域住民の需要を満たすだけでは商店が成り立たないからです。国道を通る外からの観光客などを呼び込むことを見越してのことだそうです。

通販もあるし、震災後は、3種類の移動スーパーが来ているそうです。そして、車を運転できる人は、週末、近隣の石巻、登米、気仙沼の大型スーパーに買い物に出かけるので、商店街で買うものがあまりないのも事実です。

 

そして、行政の施設は「平成の森」という別の高台にある運動公園のあたりに集まっています。南三陸町最大の仮設住宅もそこにあります。

 

町のハード面の構成だけでなく、意見集約のシステムも複雑になっています。この地域には江戸時代から続く契約講という相互扶助システムがあります。その他に行政地区のシステムもあり、複雑に絡んでいるのですが、この大移動で、契約長さんが他の地域に移転するケースもあり、さらに複雑になっているようです。


10年後にこの町がどうなっているのか、なかなか見えてきません。それをつくっていくのはまさにこれから。

FORTUNE宮城から発信することはまだまだあると再確認した日でした。

 

 

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