プロジェクト概要

 

震災から丸3年、新たなステージの1年目が始まります。

 

 

東日本大震災復興支援情報誌「FORTUNE宮城」編集長の河崎清美ともうします。
FORTUNE宮城は震災後1年が過ぎた2012年5月に創刊しました。当初は被災地域に密着した情報を首都圏を中心とした被災地外に伝え、支援をつなぐことを目的に、現在は宮城で起こっている「未来につながる動き」を内外に、年4回の季刊誌として発信を続けてきました。(FORTUNE宮城のHPはここ)

そして今、被災地はこれまでの3年とは異なる新たなステージを迎えようとしています。瓦礫処理場も役割を終えました。来年度からは、防潮堤建設、土地のかさ上げ、高台移転、市街地整備が各地で本格的に始動します。漁業や農業のありかたも変わってくるでしょう。これからつくられるものは仮設ではなく、次の世代に伝えていくものです。

 

FORTUNE宮城も今まで助成金と個人/企業サポーターに支えられてvol.7まで発行してまいりましたが、次号vol.8をこの3年間の区切りとし、長期継続のための新体制への準備を行っています。
しかし、節目のvol.8を発行する為の経費が不足しています。ぜひ皆様のお力をお借りし、vol.8を発行したいのです。

 

気仙沼市。白い建物の中では焼却炉が解体されているようです。(2014年1月)

 

気仙沼市に一部できている防潮堤。近隣ではまだ、行政と住民の話し合いが続いています。(2014年1月)

 


↑創刊号で取材させていただいた南三陸町被災者生活支援センターをvol.8に向けて、当時のライターさんと再び訪問しました。ここでも、新たな動きは始まっています。

 

 

人が集まる被災地は「開かれた場」をつくってきました。

 

 私が初めてボランティアとして被災地に足を踏み入れた2011年4月、まだ道は寸断され、瓦礫に覆われた平野部を「災害救援車両」のサインをつけた車が走り回っていました。人も、物も、お金も被災地に集まり、そこには、混乱の中にも人と人が織りなす不思議な熱気がありました。直後の熱が収まり、人々が仮の日常を取り戻してからも、ボランティアとして仮設を訪問し、支援者として起業を応援し、専門家としてまちづくり協議会をサポートし、観光客として商店街で買い物をし、友達として懐かしい人を訪れ、派遣職員として役場で仕事をし、実に多くの人が様々な形で出入りしてきました。それは、「地方」と呼ばれるまちの普通の状況ではありえないことです。震災は被災地に多大な打撃を与えましたが、結果的に、地域を見直す機会をつくり、出会いの場、新しいものを生み出す「開かれた場」にもしてきたのではないかと思うのです。

 

取材しているとき、地元の若者から「自分の町が好きになった」という声をよく聞きました。よそ者の目線を通して語られる知らない世界に興味をもち、積極的に外への目線を開くと同時に、自分たちが生まれ育った町を再発見する喜びを知った彼らには、自分たちも町のために「何かできる」「何かしたい」という自信と情熱を感じます。「開かれた場」は次の世代をつくっていく若者たちにも確実に何かを残しています。

 

若者を特集した vol.6「のびゆく芽たち」より

 

 

 

なぜ私たちは、震災後の3年をvol.8で振り返ることに情熱を傾けているのか。

 

FORTUNE宮城vol.8では、震災後から開かれた場として石巻をリードしてきたISHINOMAKI2.0をはじめ、東北コットンプロジェクトから始まり農業で株式会社をつくった荒浜アグリパートナーズ、気仙沼で若きママが多くの人を巻き込みながら立ち上げた農産加工品をはじめとする事業ボアラズなどを取り上げる予定です。そして創刊号に登場した人々のその後、あの頃のボランティア達のその後を追います。
地域住民の目線から、支援者として関わりを持った者の目線からこの3年を振り返ることで、そこで何が起こっていたのか、関わった人々に何をもたらしたのか、そして、それはこれからつくられる町にどんな影響を及ぼすのかを考えるきっかけにしたいのです。それは、FORTUNE宮城の一つの区切りでもあります。

 

林を開墾して加工場に入る道を造っているVOAR LUZ代表、佐藤春佳さん(後列左端)とそれを助けるために方々から集まった仲間たち。「廃材ライブ」の東さん(後列右端)は廃材を使って素敵な加工場をつくる。長年有機農業に携わる市民の放射能測定室「小さき花」の石森さんは佐藤さんのよきアドバイザー。

 

荒浜のビニールハウスで成長したコットン。このビニールハウスでは様々な野菜が実験的につくられている。

 

 

 

宮城から見つける未来「FORTUNE宮城」はどこへいくのか。


津波の被害を受けた沿岸部はもともと漁業と農業を基盤とする一次産業の町がほとんどです。日本中が一様に抱えている少子高齢化、一次産業の衰退と後継者不足、補助金依存、若者の流出と過疎化。震災以前の根深い問題を被災地も持っています。それは震災のダメージでさらに加速されました。しかし、なんとか地域を再建しようとしている地元の人達もいます。地域の立て直しをするために帰ってきたUターン組。次の世代に地域の宝を残す為に立ち上がった人々。様々な選択肢の中から、地元に残ることを決意した若者。そしてそれを後押しする支援者達。これだけ前を向く人が揃えば、この被災地から日本の未来を見つめる新しい動きが生まれるかもしれません。今までの3年間が、準備期間なら、本当の意味で地域の力が試されるのはこれからです。そして、それが目に見える形になって現れるのもこれからです。
FORTUNE宮城は、現在、長期継続のために事業計画の見直しを行ない、新体制へ移行する準備をしています。そして、”宮城から見つける未来”の可能性を地元の仲間たちとともに全国に発信していきます。
この転換期に、ぜひ、皆さんのご協力をいただきたく、お願い申し上げます。

 

FORTUNE宮城はいつも人の声を届けます。(駆除された鹿の角を使ってアクセサリーの制作販売しているOCICAの取材)

 

時には夜を通して取材することもあります。(気仙沼魚市場に入港したサンマ船)

 

 

 

 

ライター/編集のつかきょん(後列右)、デザイナーのみよみよ(前列右端)、編集のしおちゃん(前列左端)、助っ人+飲み友のおだっち(後列左)と。

 

なんでもやる石巻のメンバー、さこちゃんとまっは。

 

一同、重ねてよろしくお願い致します。

 

FORTUNE宮城HP / facebook

 

 


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