■無電化の村で水車発電を体験して感じたこと

 

ネパールの無電化の村での水車発電を体験したり、発電機の開発をしていていつも思いますが、電気エネルギーを生むことって本当にものすごく大変なことなのです。

私たちが行った小学生向けのエコスクールでも、うちわで風を起こし、風車を回して発電をする競争を行いましたが、数人がかりで汗だくになっても、1Wも発電できませんでした。

 

 

手回し発電機や、ソーラーライトも、ラジオやLEDの電力を発電するのにかなりの時間や労力を要します。普段意識していませんが…

本当は小さな電力でも、すごくありがたいものなのです。

 

■電気は見えない

 

便利な現代では、電気は「空気」のように存在感がなくなってしまったと感じます。

コンセントから電気が出てくるのは当たり前、カフェでも気軽に電源を使えます。

また、様々なプロダクトはスマートなデザインにより、その原理や構造をユーザーに感じさせないものになっています。

 

少し話は逸れますが、今は教習所でも車が動く原理や構造を殆ど教えません。

昔と違って車が壊れることが少ないのと、構造が複雑過ぎていじると危険なので専門店へお願いしなくてはいけない為。

また、オール電化の普及で「火」を見たことがなく、「火」は熱いものだと知らない子供がいると耳にしたこともあります。

 

現代は、モノの原理や構造を隠してしまう社会です。

 

みなさまは、暮らしの、街の、どこに電力が使われているか、すべて知っているでしょうか。

想像を遥かに超える多くの場所に電気が使われています。

 

私は科学者であり東日本大震災での被災経験や、電力の不安定なインドに住んでいたことがあるので、この便利な電気社会にはしばしば不安を感じます。

サバイバルファミリーという映画でも描かれていましたが、電力依存の社会では電力の供給が止まったら全く何もできなくなってしまいます。

何事においても効率や合理性の追求は度を超えるどこかに代償が出るものなのです…。

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