鈴木美和子です。
 

先日起きた地震ですが、私たちの地区は無事でした。
ご心配頂きありがとうございました。
応援してくださる方々に少し、昨日の事をご報告したいと思います。


12月7日17時18分 M7.3 東北、関東で震度5弱の地震が発生、宮城に津波警報が出された。

私は、家に居て、夕食の準備の最中だった。

急いでガスを止め、まだ帰って来ない上の孫の迎えに中学校へ向かった。

途中、塾の子ども達が先生と一緒にもう避難している。

半袖短パンの子も多かった。

 

前回の震災で小・中学校の校庭にも津波が入ってきたので学校がしっかりと対応してくれると思いながらも向かっていた。

中学生は校長先生を先頭に数十名避難してきた。

私はすぐ、寺谷センターに戻り、電気をつけ、震災後役所から支給された毛布数十枚を娘とその辺りに居る人に声をかけ、子ども達が避難している学校の指定避難場所の高台、空地に運んだ。

全て、徒歩での行動で、それが、一番適していた。

皆、早速毛布にくるまり暖をとり始めた。

上下一車線づつの道は避難する車で身動き出来ない。

会長をしている夫は交通整理をしていた。

その車の隙間をかいくぐり、又センターに戻るともうセンターにも避難している人が居た。

前回の震災で、皆学習している。

それぞれ公民館だったり私たちのセンターだったり高台だったりと・・・。

しかし、国道は海岸線と平行しているだけに、どの車も基幹農道に集中して入ってきた。

その為、一車線のみのその道は大渋滞となり、これでは国道で身動き出来ない車もあっただろうなと想像してしまう。

前回の教訓が生かされた部分とそうでない部分・・・。

幸いにも今回は電気が消えなかったから良かったものの、とても寒かった。

 

 

私の実家は、地福寺というお寺なのだが、前回の震災で、三年前に落慶式をした立派な本堂が柱と屋根のみを残して全て流されてしまった。

お寺の前に立っていた家々は、何十軒と流され、今は修繕したお寺が海に一番近い所となっていた。

その住職をしている兄に連絡が取れた。

兄は前回のトラウマが有り津波警報が7時半に解除されたのにそれから数時間が過ぎてもドキドキして落ち着かないと話していた。

今回の地震で新たな問題が浮き彫りにされた。

それでもあえて良かった点をあげるとすると、子どもたちの事を最優先にした自分が居たことだった。


以前は子どもの事はそこまで気にかける余裕が無かった。
皮肉にも前回の震災が起こり、子どもの心のケアを目的に出来た「あそびーばー」がある事で自分の意識が変わったのだと思う。

まだまだ休めない。大人も大変だけれども、子どもも大変なんだ。
東北にはまだ風が吹き荒れている。どうか忘れないで欲しい。

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