起源は諸説ありますが、おおもとにして貴族の女性や子どもたちの優雅な遊びであったはずの花札がどうして賭博の道具として広く認知されるようになってしまったのでしょうか? そこには【花札】という遊戯のもつ悲しき運命があったのでした…。

 

幕府の賭博の厳罰主義にともない、幕末から明治初期にかけて博徒が組織的にもちいた「めくりカルタ」が強く取り締まられ、そのかわりに花札が賭博に用いられるようになりました。そして、花札もついには取り締り用具となってしまうのでした。

 

ただ、明治20年代に入り西洋カルタ(トランプ)の輸入自由化に伴い、日本のカルタや花札も自由化され、明治20年代は空前の花札ブームとなり、一般にも広く楽しまれるようになりました。

 

ただ、このブームで一般に良いイメージで【花札】文化が定着する事に水をさしたのが明治30年代の玩具博士 清水 晴風 で、賭博にまみれた経緯を持つ花札への反感、蔑視から誕生から違法な用具でしかなかったという歴史像を打ち出しました。

清水晴風の名声と権威は強く、そういった認識が一般論となってしまいましたが、花札研究家の法政大学名誉教授、江橋 崇氏が本年出版された最新の著書(ものと人間の文化史 167 花札 江橋 崇 著 法政大学出版局) では丁寧にそうでなかった優雅な歴史が膨大な資料を基に著されております。

 

 ※上記出典は『ものと人間の文化史 167 花札 江橋 崇 著 法政大学出版』によります。

 

一部の人間の歴史認識により作られた、花札の誤ったイメージ、悲しき歴史を払拭するために、日本の文化を伝える新しい用具を一緒に創り上げませんか?

 

 

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