プロジェクト概要

バングラデシュ チッタゴン丘陵地帯に暮らす女性が受け継いできた「機織り」を、綿と自然染料を使った一昔前の織物を復活させたい!

 

初めまして。バングラデシュにおける伝統工芸の継承と自然に沿った仕事づくりをサポートし働き手の現金収入の機会を増やすことを目指しているtara.(ターラ)〜同じ星を見上げたら〜 の共同代表、深田真央(ふかだまお)と田中志歩(たなかしほ)です。

 

このプロジェクトでは、かつて「綿の国」と呼ばれたバングラデシュ チッタゴン丘陵地帯に暮らす、女性たちの受け継いできた「機織り」の伝統技術・・・近代化の波によって徐々に失われつつある昔ながらの方法である綿と自然染料(草木染め)を使った自然に優しい昔ながらの技法を復活させたいです。さらに、この昔ながらの方法に加えて現代のデザインや日本の技術・知恵を取り入れるなどして、女性の現金収入の機会を増やすことを目指します。

 

しかし、現地調査、先住民族の人たちとの商品開発への資金が足りません。皆様のご協力をいただけませんか。

 

(チッタゴン丘陵地帯に暮らすチャクマ民族の機織りの様子)


バングラデシュ丘陵地帯の自然に優しい昔ながらの「機織り」文化は消えつつある状態です。

 

バングラデシュ、チッタゴン丘陵地帯には国の大多数のベンガル人とは異なる11の先住民族が暮らしています。彼らには、ベンガル人とは異なる文化や言葉がそれぞれにあります。そして、この11民族に共通した文化として「機織り」の文化があります。母から娘へ代々伝えられているこの文化は現在でもチッタゴン丘陵地帯で目にすることができます。

 

手織りの民族衣装を身にまとい、生活を送っている先住民族の女性たち。彼女たちが受け継いできた伝統文化への誇り。かつては、「機織りができないとお嫁にいけない!」といわれたほど、ここに暮らす女性にとって生活からきっても切り離せないものでした。

 

(トンチョンガ民族の織物)

 

しかし、現地調査をした結果、伝統的な自然素材を用いた機織りは、グローバル化の波と貨幣経済、教育の普及により自然素材による機織りは消えつつある状態です。簡易に制作のできるレーヨンや科学繊維、化学染料でできた糸を用いたり、さらには、企業による工場生産によって、より安い衣装の販売が行われたり、また、教育の普及により母から子へ引き継がれていく習慣もうすれ機織りの文化は徐々に衰退している状況におかれています。片方、政治的問題や貧困によって仕事の機会は多くなく現金収入はまだまだ低い現実があります。

 

2014年5月から田中志歩は日本語ボランティアとしてバングラデシュ、チッタゴン丘陵地帯に暮らしています。これまで、何度かこの土地を訪れた際、家の軒先で機織りをしている女性の姿を目にしました。彼女らの伝統への誇りを知ったりする中で、先住民族に伝わっている伝統文化は現代も脈々と続いていると感じていましたが、実際にこちらに現地の人と一緒に暮らし、共に暮らす一員としてふれあい、現地調査を進めていく中で、近代化の波に押され伝統文化が少しずつではありますが、衰退している様子を目にすることになりました。

 

(現地調査中の田中 織物について学ぶ)

 

1997年平和協定施行〜紛争から急激な近代化の波〜
バングラデシュ 、チッタゴン丘陵地帯の歴史

 

イギリス植民地時代には先住民族主体の自治が認められていたチッタゴン丘陵地帯。

パキスタン時代に入ると政府による民族同化政策により民族間の対立が深まり、1971年にパキスタンから独立した後もバングラデシュ政府は彼らの自治を認めず、平野部に住むベンガル人を多く丘陵地帯に入植させるなどの政策をとったため、1973年よりバングラデシュ政府軍との紛争に発展。


その間にも政府はベンガル人を土地・現金・食糧配給を支給することを前提に入植させ、先住民族と入植者の数は、ほぼ1対1という状況にまでになってしまいました。入植者や軍による虐殺や土地収奪によって先住民族の暮らしは脅かされ多くの先住民族が土地を失い、難民となり、命を落としました。


1992年の休戦宣言までこの紛争は続き、さらに、1997年の和平協定まで外国人の立ち入りが禁止されるなど、外の世界からの情報が入りにくい状況に置かれていました。

 

(チッタゴン丘陵地帯 バンドルバンの風景)

 

今でも残る民族対立の影・・・

 

土地収奪から 発生するトラブルは現在も日常的に発生しています。そんな中でも、和平条約が結ばれたのちの丘陵地帯には、以前に比べると多くの情報が入るようになってきたことで、人々の興味・関心は外の世界へと広がり、彼らの民族文化や生活様式に変化をもたらしました。

 

もともとは、自然染料(草木染め)で染めた綿を原材料にして作られていた民族衣装は、レーヨンや化学繊維、化学染料が原材料へと変わり、さらには民族衣装を着用する人々は新しい外部の文化の影響により減ってきていることがわかりました。

 

また、11民族の中でも伝統継承の実態にばらつきがあり、特に人数の少ない民族の織物の伝統文化の衰退は激しい現状であることを知りました。

 

(ムロの民族衣装の様子)

 

彼らが今まで伝えてきた伝統を継承しつつ、

現代社会に生きる上で必要な現金収入を得る方法。

 

そんな方法はないのか考えている時に、静岡文化芸術大学下澤嶽学科長(ジュマネット共同代表)の紹介を経て、2014年7月 田中志歩と深田真央(2014年3月にバングラデシュ訪問)はプロジェクト実現のためへの情報交換の場を持ちました。

 

2014年3月に深田真央は、下澤教授率いる「チッタゴン丘陵地帯に平和を」を目的としたNGOジュマネットの現地調査に同行する機会をいただきました。

 

(深田現地調査の様子 左下澤氏 右深田)

 

2011年〜2014年まで静岡県磐田市でフェアトレード・ショップpocoを経営しており、移転準備期間の中での『途上国』を知るためのバングラデシュ訪問となりました。

 

(poco外装)

 

初めて訪れたバングラデシュ・・・その中でもチッタゴン丘陵地帯の歴史と文化、人柄に惹かれ、ここでフェアトレード(公正な取引)の理念に沿った、「お買い物で出来るもっとも身近な国際協力」の実現を行いたいという想いを胸に帰国し、情報交換を始めた当初は実現に向けての準備を始めたばかりの頃でした。

 

ふたりの目指す活動は「フェアトレード」「ボランティア活動」と異なっていましたが、方向性はお互いに「チッタゴン丘陵地帯における伝統工芸技術を通した国際協力の実現」と一致し、協同し合いながら事業を進めることとなりました。

 

『バングラデシュ丘陵地帯の自然に優しい昔ながらの機織りを再び。』

 

このプロジェクトにおける現在の計画は、11民族の民族衣装が昔はどのような方法で作られていたのかを各先住民族の機織りの伝統知識を持った方を探し、学びます。

 

そして、現在はどのような状況で織物文化が継承されているのかを知り、彼らが代々伝えてきた技術を現在に活かし、新たな方法を先住民族の方々と共に考え、発信していく計画です。

 

2015年5月には、本プロジェクトの製品を完成させる予定です。

 

(プロジェクト第1弾ではスカーフを作成する予定です)

 

tara.(ターラ)とは、バングラデシュの言葉で「星」の意味。
輝く未来(星)を、バングラデシュと日本と共に目指して歩んでいくことを目指しています。

 

今回の調査・教育を活かし、tara.は自立して今後もプロジェクトを進めていきます。このプロジェクトは、yoinoとTAFOAの共同事業tara.(ターラ)のプロジェクト第一弾です。

 

バングラデシュにおける、現地調査をはじめとする商品完成までの研究などを田中志歩が務めます。また、そのサポートと日本における情報発信、商品販売までの作業などを深田真央が務めます。

 

本プロジェクトを進めていく上で、現地調査、先住民族の人たちとの商品開発への資金が必要です。

 

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HP  http://itarararara.wix.com/star
(tara. プロジェクト第一弾について、詳しくはこちらをみてください)

 

プロジェクトの実現のために皆様のご協力が必要です。

よろしくおねがいします。

 

引換券について

 

・tara.のロゴ+活動写真を入れたthanksポストカード

・活動報告メールマガジン(1年間)

・写真入り報告書

・報告会招待券2枚

・本プロジェクトにおける完成商品をおひとつ(予定:草木染め手織りストール)


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