プロジェクト開始から、5週間が経とうとしています。

多くの皆様からの温かいご支援、そして温かいメッセージ本当にありがとうございます。

 

今回の、「わたしとあなたと喰丸小」は、映画監督 坪川拓史さん。旧喰丸小学校(以下、喰丸小)の存続の大きなキッカケが、映画「ハーメルン」の撮影場所に使用されたことでした。その美しい映像と、映画が公開された後の反響は、「この校舎は素晴らしいんだよ」、「他にはない価値のあるものなんだよ」と改めて教えてくれ、村の人々の心に誇りを芽生えさせてくれました。

映画「ハーメルン」の監督、坪川拓史さんは、今も喰丸小ことを気にかけてくれ、今回の改修プロジェクトもSNSでウォッチしていただいてます。

 

 

 

映画監督 坪川 拓史さん

 

(略歴)

1972年北海道生まれ。1996年に、長編第1作目「美式天然」の制作を開始。9年という長い歳月をかけ、2005年に完成した、この作品で、第23回トリノ国際映画祭に招かれ「グランプリ(最優秀作品賞)」と「ベストオーディエンス賞(最優秀観客賞)」のW受賞という日本人初の快挙を成し遂げる。その後も世界各国の国際映画祭に招かれ高い評価を得る。
2007年、長編第2作目「アリア」が完成。世界20ヶ所を超す国際映画祭に招かれ、フランスKINOTAYO映画祭において「Grand Prix duPublic(最優秀観客賞)」を受賞。カザフスタンのユーラシア国際映画祭では、中央アジア映画連盟より最優秀作品に選出される。
新作が期待されるアジアの若手監督の一人として、各国から今後の活躍が注目されている。現在は、北海道を拠点に活動を行っており、現在は、映画「モルエラニの霧の中」を北海道室蘭市を舞台に撮影中。

 

 

 

「決めた!チラッとでも会いに行く。」

――見えない力に動かされるように、喰丸小のイチョウとの再会を果たした坪川監督に、お話を伺いました。

 

坪川監督のtwitterの投稿

 

 

―まず、坪川監督と喰丸小とは、どんな出会いでしたか?

 

坪川 木造校舎の写真をインターネットで探して、いいなと思った写真を印刷し、それを見ながら映画「ハーメルン」の脚本を書きました。いざ撮影場所を探そうと、全国の木造校舎を探し歩いていたのですが、変に手を加えられていたりして、昔のまま残っているという学校は見つかりませんでした。そんな中、昭和村に写真と似た学校があると聞いて訪ねたら、まさにこの喰丸小が、僕が最初いいなと思った写真の学校そのものだったんです。2009年1月20日。覚えてます。

それまで僕が見て回った廃校舎は、使われていないせいか、暗かったんですよね。でも、喰丸小は違いました。明るいんです。そこに、ついさっきまで子どもたちがいたかのような、「まだ生きている」という感じがしたんです。

さっそく、村の職員の方にお話しして、校舎の中を見せてもらって、「映画を撮らせてください!」ってお願いしたら、「ここは春になったら壊すんだよ」って。もう、村長さんに何度も直談判して頼み込んで、「それじゃあ、取り壊しは秋まで延期する」と言っていただけました。それが始まりですね。結局、イチョウの色づきが思うようにならなかったり、東日本大震災で中断されたり、撮影期間が延びて、校舎の取り壊しも延ばしてもらうことになるんですが…。いろいろな苦難に、本当にもうダメかと思うときもありましが、村の皆さんやハーメルン応援団の皆さん、出演者、スタッフみんなのお力があって、作品を完成させることができました。

 

 

―撮影中の思い出や印象に残ったことを教えて下さい。

 

坪川 奇妙な体験がたくさんありました。撮影に入るときに、イチョウの木に挨拶したんです。これから映画の撮影をします。よろしくお願いしますって。そうしたら、長いヘビが木の上からスルスルっと降りてきて、こちらを見たかと思ったら、そのまま地面に降りてどこかにいってしまいました。地元の人に聞いたら、「それは、学校の主(ぬし)だろう」って。

 

 

あと、日々の撮影の最後に必ず2階の奥にある電源のブレーカーを落とすんですが、帰り足は真っ暗な中出口に向かうんですよ。僕も2回くらい行ったかな。廃校で撮影の経験のあるスタッフは、真っ暗な校舎って怖いんですよねーって言うんですが、不思議と怖くありませんでした。一人で泊まれって言われてもできちゃうくらい。

夜の撮影が続いた時も、毎晩、誰もいないはずの2階で机を片付ける音がするんですよ。ガタガタガタって。僕は、スタッフとタバコ吸いながら、「あー、聞こえるねー」って。妙に落ち着いて聞いてましたね。色々な奇妙な体験があったけど、怖いって感じじゃなかったなぁ。

 

 

真面目な話もすると、映画で秋祭りのシーンがあるんですが、村の方にエキストラをお願いして100人集まってもらったんです。当日は雨で、急きょシナリオを変更して、校舎の中で祭りをやることにして、倍賞千恵子さんが歌を披露するシーンを撮りました。その時、エキストラで出演された村の方で、今日が90歳の誕生日だっていう方がいたんですよね。今もお元気かなぁ…。そうしたら、倍賞さんが、その方の耳元で、その方だけに聞こえるように、「ハッピーバースデー・トゥー・ユー…」って歌ってくれたんです。それを見ていた照明スタッフが、「いいなぁ。僕も今日誕生日なんだけどなぁ…」って言ったら、倍賞さんがそのスタッフの耳元でも「ハッピーバースデー…」って。出演者も、村の方も、撮影スタッフも、みんな一緒になって。あれは撮影だったのか、本当のお祭りだったのか、分からなかったですね。そんなことが印象に残っています。

 

偶然の雨で、急きょ祭りの撤収シーンの撮影(2011年撮影)
真剣な表情の坪川監督、校舎の2階からの撮影中の様子(2011年撮影)
エキストラとして祭りのシーンに参加した、村民の方々(2011年撮影)

 

 

―秋祭りのシーンにエキストラ出演された地元の方が、ライトアップされた校舎やイチョウの木の美しさに心を動かされて、次の年から色づいたイチョウを囲んで「イチョウまつり」を毎年開催しています。坪川監督が映画の撮影を通じて喰丸小の価値を村の人たちに伝えてくれたことが、校舎を存続させて昭和村らしさを伝えようというキッカケになったんですね。

 

坪川 いえいえ、僕はただの言いだしっぺですから。

校舎を残していこうというのは、村の皆さんの御努力があってのことだと思いますよ。

 

 

―久しぶりに再会した喰丸小の印象はどうでしたか?

 

坪川 この前に来たのはいつだろう。秋の校舎は2011年が最後だから6年ぶりかな。そのあと2013年にも来ているから、4年ぶりの喰丸小ですね。

でも、その当時のままが残っている。撮影の時、2階の廊下の柱に子どもが作った花瓶を掛けました。出演された倍賞千恵子さんが「こうしたらいいんじゃない」ってかすみ草を花瓶に生けて。それが映画のシーンにもなったんですが、その花瓶が工事中だっていうのに当時のまま残っている。驚きました。

それに、柱や梁や板とか、元々あったものをここまで再利用するなんて、感動ものですよ。僕は感動したなんて滅多に言わないんですけど、これには感動しました。

 

工事中の校舎に残る花瓶(2階)
撮影時の花瓶(1階) (2011年撮影)

 

 

―来春に再オープンする喰丸小学校に、こうあってほしいと期待することはありますか?

 

坪川 この校舎を維持管理していくことは、大変なことだと思います。

でも、喰丸小には、この佇まいのまま存在し続けてほしいですね。何か、大きなイベントを常にやっているというんじゃなくて、そのままあり続ける。ここに存在している喰丸小の姿を見るだけで、訪れる人は心をつかまれますよ。それだけの力があると思います。

村の子どもたちが、村を離れて戻ってきたとき、いつでも「おかえり」と出迎えてくれる。そんな校舎であってくれたらいいですね。

 

 

 

映画の撮影のときに、村の方々と心通わせた日々を懐かしむ坪川監督。ファーマーズカフェ大芦家さんのメニューに「そば大盛り」ができたのは、僕が毎回「大盛り」「大盛り」って言ってたからだよ、と冗談めかして言う姿は、きっと当時もこんな温かいやりとりがあったんだろうなと感じさせてくれます。

坪川監督は、現在、監督作品、映画「モルエラニの霧の中」の撮影を北海道室蘭市を舞台に続けられています。北海道新聞に連載されているコラムには、喰丸小がたびたび登場し、地域にとって大切なものを守り伝えていくことの素晴らしさを御紹介いただいております。

 

ファーマーズカフェ大芦家で注文した新そばは、もちろん「大盛り」

 

 

 

心に染みる懐かしい風景を未来へ。

 

昭和村の人たちが、大切にしてきた喰丸小に再び灯をともし、村のご近所の方や子どもたちの賑やかな声が響き、昭和村らしさを後世に残していく場所。そんな喰丸小にしてまいりますので、引き続きご支援よろしくお願いいたします。

 

 

【坪川監督の最新作に関する情報はこちら】

 モルエラニの霧の中

 

【これまでの「わたしとあなたと喰丸小」】

 vol.1 奥会津書房 遠藤 由美子さん

 

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