プロジェクト概要

 かつての茶産地にもう一度光を!豊かな環境で美味しい玉露を作り、地域を盛り上げたい!

 

はじめまして!熊本県御船町で日本茶の栽培・製造・販売を行う「お茶乃のぐち」の三代目・野口大樹(のぐちだいき)と申します。

 

私が住む吉無田(よしむた)地区は阿蘇外輪山の一角で、標高600mのなだらかな高原地帯です。眼下には熊本平野・有明海・対岸に雲仙普賢岳を望む、唯一無二な景観もあります。また、江戸時代からの植林により生まれたとされる吉無田水源は、豊富な水量と素晴らしい水質で県内外からたくさんの方が汲みに来られます。

 

そして、ここは約45haの茶畑を持つ茶産地です。他の茶産地と比較すると小規模ですが、高冷地特有の寒暖差や綺麗な水によって独特な香りとコクのあるお茶が育ち、市場評価も高く、山間地区の基幹産業でした。

 

 

しかし、日本茶自体の消費低迷や熊本地震による被災などで、小さいながらも歴史と実績ある当地区の茶業が消滅してしまうほどの危機に瀕しています。基幹産業の衰退は、人口の流出や耕作地の荒廃などの要因にもなり、地域としての力もどんどん弱くなってしまう元凶にもなり得ます。

 

そんな現状を打破するために、祖父が創業し拓いてきたこの地で行い、日本一の玉露を作り地元茶業の復活の狼煙をあげ、吉無田あさのやぶ地区から御船町、熊本県の茶に再び活気を取り戻したいと考えました。しっかりとした覚悟と決意を持って挑みます。どうか、ご支援ご協力のほど、よろしくお願いいたします!

 

現在栽培している自慢の茶葉を蒸したところ。

 

 

 日本茶自体の低迷で半分以下になってしまった茶農家

 

時代とともに核家族化が進み、多くの世帯のライフスタイルが大きく変わりました。それに伴い、「食」も大きく変化し、現在では日本茶の需要が激減しています。

 

日本茶の需要減は茶価の低下を招きます。それによって「再投資が厳しくなる→品質が下がる→さらに再投資ができない」という負のスパイラルを茶市場は形成してしまいました。結果、20年前にあった吉無田地区の茶農家も12件から、たった5件へと減ってしまったのです。

 

手摘みをしていた頃(お手伝いしてくださっていたのは地元の婦人会の方々)

 

そして耕作放棄地が増え、一部は抜根されソーラー発電計画があがっているなど、過去の素晴らしい景観は失われつつあります。また、景観だけではなく、茶の栽培や製造技術も同時に失われつつあります。

 

私は、土地や景観、文化や技術を後世に残し伝えていくことが、我々のような若手農家の重要な役割だと考えています。そこで、今回は祖父から受け継いだ茶畑を使って、伝統を後世に繫いでいくために本気の一歩を踏み出したいと考えています。

 

今は懐かしい。しっかり管理されていた過去の茶畑の風景。

 

 

 まだ今ならやれる!挑戦は、まだまだこれから!

 

家業でもあるこの仕事に就いて、13年ほどが経ちました。これまで日本茶の需要を少しでも増やしたい、もっと私のことを知ってもらいたいと思い、県内外の催事販売を積極的に行なってきました。私の作った日本茶を私が淹れ直接飲んでいただけるこの機会は、常に私に刺激を与えています。

 

また、日本茶インストラクター資格も取得し、企業や学校などでの日本茶講座などの普及活動にも積極的に取り組んできました。そんな努力が認められたのか、今では茶業青年会事務局長、御船町農業後継者協議会会長、町の観光協会理事などにも就かせていただいています。

 

日々仕事や活動を重ねていくうちに気づかされたことがあります。それは日本茶というものはただ喉を潤すものではないということ。「やっぱりあなたのお茶じゃないと」「野口さんちのお茶じゃないと家族が飲まないの」とのお声もいただくことがあり、心に直接働きかけるものだということに気づきました。

 

~茶畑完成から日本一を目指して~

 

<スケジュール>

2019年3月:土壌改良

2019年4月:定植(苗の植え付け)

2019年5月:施設建設

2019年6月〜:成園化のための管理

2021年5月:初摘み

 

今回のプロジェクトでは、皆さまからのご支援で、まず土地の造成、苗の定植を行い、自己資金も使いながら、遮光設備と潅水設備の建設も行います。

 

最高級の日本茶をつくるためには、旨味を渋味に変化させないために、新芽が成長していく時期に薄暗い環境の中で育てながら、一枚一枚手摘みができるようにするための遮光設備(棚と寒冷紗)が必要不可欠です。

 

加えて、近年の異常気象に対応し、環境に優しく効率よく栄養を吸収させるために固形肥料と液体肥料を組み合わせて育てるのも重要で、そのために潅水設備が必要になるのです。

 

ただこれだけでは玉露を作ることはできません。15cmの苗を定植から手摘みできるようになるまで早くて3年がかかります。その間、施肥や病害虫との戦い、除草作業などコストはかかりますが、収入は産み出せません。そして、収穫できるようになってからも、遮光技術、防霜、茶の摘み方、保管方法、製造技術など茶に関する技術を高レベルで総動員して完成させなければなりません。

 

玉露栽培技術に乏しい熊本では、何もかもが初めての挑戦です。しかし、日本茶は年一作です。そのため、長い目で考えると、1年でも早く始めることが、様々な技術の習得には重要だと考えています。今回の挑戦で集まったご支援金は、3月からの畑整備、苗の植え付けにかかる費用に充当いたします

 

初代(祖父)から2代目(父)へ茶袋を渡している。

 

 

 最高の玉露で御船町に注目を!絶対に諦めない戦いをスタートします

 

このチャレンジで栽培する畑は、祖父が約60年前に魂を込めて拓いた茶園です。我が家の茶業経営は、戦後に帰郷してきた祖父が始めました。当時の本家から分けていただいた狭い畑からのスタートだったと祖父から聞いています。そして、なぜ日本茶生産を選んだかというと、「日本がなくならない限り、日本茶の需要はある」と考えていたからだそうです。

 

私がその想いを引き継ぎ、玉露を自分で生産していくことによって、地域茶業に改めて注目を集め、ここに復活させます。立地も申し分ないですし、県の茶業研究所が近くにあり協力を仰ぐこともできます。肥料会社や機械メーカーなどの心強い存在も近隣にあります。

 

そして、もうひとつ重要なのは、茶園を完成させ、玉露をつくっていくためにかかる長い年月を戦える体力と心意気ですが、その点は絶対に負けない自信があります。もちろん多くの方々のご協力やアドバイスを仰ぐこともあるでしょうし、うまくいかないことも出てくると思います。しかし、まだ30代という若い力と、地域へ光を与えるという大きな目標を持って全力で突き進んでいきます。

 

この第一歩をもって、ここ御船町から新たな茶業に新たな光を生み出したいです!また、今後はお茶摘み体験などができる観光地を目指し、地域に住む人がもっと好きになれる場所にしていきたいと思います。どうか応援よろしくお願いいたします。

 

三代目夫婦。若い力で、お茶の新たな歴史を刻みます。

最新の新着情報