私達のプロジェクトにご興味を持って頂きありがとうございます。

改めまして、代表の西林 和香です。

 

 

前回はNicoの運営理念についてお話させて頂きました。

今回は、私自身の、Nicoとの出会いについて綴らせて頂きたいと思います。

 

 

メンバーのメッセージにも多くありましたが、例に漏れず私も34歳でご縁があり、結婚を機に堺市へ嫁いで来た身です。

 

出身は遠く離れた東北は宮城県の片田舎です。20113月、フェリーに乗ってこの堺市まで来ましたが、仕事はそのまま継続しました。

その1週間後に震災が起き、結婚式も延期、仕事も忙しくなり、友達を作る事なく、家と会社の往復で56年と過ぎていきました。

 

そして、妊娠が分かり、高齢出産という不安はありましたが、何よりも

「子どもは?」

「今度子どもも一緒じゃなければ来なくていい」

と言われ続けた、人生最大のプレッシャーから解き放たれた安堵感でいっぱいでした。

 

「産んでからが戦争」

と聞いてはいましたが、体力には自信がありましたので、なんとか出来るはず、とたかをくくっていました。

が、産んでからは、眠ることも許されないくらい泣いては起こされ、泣いている理由が分からずに何かの病気?と無性に不安になったり、自分の事は何も出来ず、このままだと親子共々倒れてしまうと悲観的に考えるようになっていました。

 

普段は仕事だった為か、同じマンションに住んでいるママ友グループが日中よく話しているのを見かけ、

私にもママ友は出来るのだろうか?どんな風に友達を作ればいいの?

と新たな不安も出て来ました。

その時に、ふと、出産後必ず助産師さんか保育士さんが家庭訪問してくれるサービスを思い出し、訪問して頂いた時に、子どもの成長についての相談はもちろん、もう一つ

「ママ友ってどうやって作るんですか?」

と質問して、「赤ちゃんひろば」の存在を聞いた事がNicoとの出会いのきっかけでした。

 

実際、赤ちゃんひろばに参加してみると、大きな輪になって、隣同士になったお母さんと赤ちゃんの事を話すというような感じで、その場限りの集まりでその場所でママ友を作ることなく一回目は終了しました。

赤ちゃんの相談会なのかな?と疑問に思いつつ、二回目に参加した時に、参加者の一人が、

「ママ友グループラインを作ろう!みんなニコニコのNicoで!」

と声を上げてくれたのです。それがきっかけで大きなサークルに成長していきました。

 

この声を上げてくれた勇気とこれまでずっとみんなを引っ張って来てくれた事に今もこれからも感謝の気持ちでいっぱいです。

 

 

「誰がために」

人が無償の心で動くときというのは、この「誰かの為に」という思いが働くものだと思います。

 

同じ子育てで大変なはずなのに、ずっと先頭に立って、みんなの為にと行動してきてくれたその方に恩返しがしたい。

そんな思いが日に日に強くなっていきました。

 

何か出来ないかなと思っていた頃、子育てひろば開設の話をキラキラした表情で持って来て、「あ、Nicoで子育てひろばをやりたいんだろうな」と一瞬で感じ、今が恩返しをする時だと思いました。

 

話を聞くにつれて、開設までにはたくさんの壁があり、これは難しいかもしれないと感じましたが、もし、やると決めたら何があっても絶対にこの人を支えよう、辛い時には手を差し伸べよう、決断に迷ったら背中を押そうと決めました。

代表になってほしいと言われた時は、まさか私が?と思いましたが、きっとたくさん悩んで出した言葉だと感じ、その場で受けました。

私はあくまでもこれから開設するひろばの代表であり、Nicoとしての代表は今まで通りそのままです。

 

そして、もう一つ。

赤ちゃんひろばで出会ってもこのようなサークルが出来るのは今までないです、と保健センターの方が話しているのを聞いて、本当に自分はラッキーだったと思ってました。

でも、ひろば開設の目的を考えた時に、同じように子育てや、同じ境遇の人との交流が出来なくて悩んでいる人達がいる事に改めて気付かされ、自分の事だけ考えていた事を恥ずかしく感じました。

 

そんな人達の為にこのひろばは存在するんだ、私が救われたように。

みんなの為に役に立てることがあるのであれば、今度は自分が先頭に立って行動しよう。

 

だから、ここで諦める訳にはいかない。

 

必ず成功して、恩返しと、Nicoの活動を存続させ、出来る限り多くの親子に参加してもらえるひろばを作ることを誓います!

 

 

その為にも、残り1ヶ月間、より多くの皆さんにこの想いと活動を知ってもらい、ひろば開設に向けてのご協力ご支援をどうか宜しくお願いします。

 

 

 

 

 

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