小さい頃、家の裏には小さな森と池がありました。

ふと気が向くと一人で森に出かけては、

ただ歩き回ってまた家に戻ってきました。

 

季節で移り変わる木や草の様子を目に収め、

虫や動物の気配、鳥の声や空気の匂いを確認すると、

不思議と安心感を得ていたような気がします。

 

特に台風で倒れた生々しい木の折れ口や、

朽ちた丸太、樹液に群がる虫、カビやきのこが

生えた小動物の死体からは、なぜか、生き生きし

た動物や植物を見るよりも、森全体が繋がった

大きな生命体であることを感じました。

死があってこそ次の何かが生かされ続けるということ

を森は淡々と見せてくれていたような気がします。

 

そしてもちろん、近くの子供にとっては体を使った

遊びの絶好のフィールドでもありました。木登り、

小屋作り、釣り、そり滑り、焚き木をしたり、

弓矢やスプーン、箸を作ったりしていました。

 

時々、擦りむいたりはするけれど、それは自分の責任

で起こったことであり、自由の裏返しでもありました。

 

(写真のスプーンは小学生の時に母へのプレゼントとして庭のクルミの木から作ったものです)

 

ボタンやマウスで情報を処理するだけのテレビゲーム

ではなく、木に登ってずり落ちたり、スプーンを削って

筋肉痛になってみたり、世界の生の肌触りをダイレクト

に感じる遊びは、いろんな感覚を養ってくれたと思います。

 

今は木で道具やオブジェを作る仕事をしていますが、

その森の生の肌触りという感覚は、制作にあたっての

重要な要素になっていますし、またほとんどすべての美

しい形のイデアは自然の中にあるような気がします。

 

 

そんな原体験も含め、「ニッセの森」は子供も大人も

もう一度、新鮮に世界を捉え直すことができるような

遊び場になったらいいなと思います。

にぎやかな交流やイベントもあれば、みんなから離れ

一人でぼんやりすることもできるような、

そんな自由な森です。

 

今や、特に都市部や住宅地に暮らす大半の子供にとっては

自然は夏に行く遠くのキャンプ場くらいなのかもしれません。

もっと足元の、名もない森こそ、大人になっても思い出す

ような本当の親しみが持てる場所になると思っています。

 

吉川和人ホームページ

https://www.kazutoyoshikawa.com/

 

 

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