皆様こんにちは! 

 

チャレンジ2日目、現在8名様から76,000円のご支援をいただいております! ありがとうございます!FACEBOOK等々でコメント下さった皆さま、皆様の応援が本当に励みになります。引き続き、応援のほどよろしくお願いいたします。

 

昨日に引き続き本プロジェクトに挑戦するきっかけになったエピソードをお話しさせていただきます。

 

 

 

長男が生まれてから、1年が経ち、赤ちゃんの世話にもだいぶん慣れ、外にも出歩くようになって、順調だと思っていた時に息子に変化が現れました。

 

当時1歳半くらいだったのですが、息子が自分自身の頭を自分で叩く癖が出てきたのです。 私は本当に不安な気持ちになりました。

 

 私の愛情が足りないのか?

 私と父の間の緊張感を感じとってしまっているのか?

 お散歩が足りないか?

 手抜きの育児が原因なのか?

 

ネットや育児書みながら悶々と考え続けました。

 

その頃、偶然知った子育てセミナーに参加しました。「自分の子どもを育てづらいと感じているかたへ」というような主旨のセミナーだったように記憶しております。 お母さんや子どもたちが集まる狭いお部屋で開催されました。子どもが少しでもぐずると周りに申し訳なく、謝りながらずっとおっぱいを含ませながらお話を聞いていました。

 

私に何が足りないのか? それが知りたかった私にとって、そのセミナーのお話は意外な内容でした。

 

ひとつの映像を見せてもらいました。 モンゴルの遊牧民の暮らしのドキュメントからの抜粋だったのですが、モンゴルの人たちが大切にしているラクダとの一場面でした。難産だったりして子育てを拒否する母ラクダに対して、モンゴルの方が優しく母ラクダをなでながらラクダ用の子守唄を歌って聞かせていました。

 

すると不思議なことに今まで子どもが近づくだけでバタバタと暴れていた母ラクダが大きな目から涙を流して泣くのです。母ラクダが落ち着きだしたころ他の人がそっと子ラクダをうながすと嘘のように母ラクダは子ラクダを受け入れ授乳をはじめました。

 

その映像を見たときなぜか泣けて泣けて、、、他にもたくさんのお母さんが涙していました。 思えば母たちは優しく子守唄を歌ってもらってなでさすってもらっている母ラクダと自分を重ねて涙していたのだと思います。

 

いろいろなお話を聞いて、会はいったんお開きに。何人かのお母さんたちが去り難い様子で職員の人とお話ししていたりする中、心におぼろげな思いが浮かんでいる状態でしたが、自分からSOSを出して助けを求めることができなかったわたしは、子どものぐずりもそろそろ限界だしこれ以上周りに迷惑かけられない、と、そそくさと帰る準備をはじめました。

 

その時に職員の方に声をかけられました。

 

「おつかれさま、お母さん頑張ってるね」 当時の私は、お世辞にもよい母とは言えない生活をしていましたので、「離乳食も手抜きだし、自分が楽だから姉のところにばっかりいって、公園にも毎日連れて行けてないし、しなければならないことがたくさんあるのにしてないダメ母なんです。だから最近子どもに変な癖が、、、」

 

と言いかけた時、また長男が自分の頭を叩き始めました、私はその方に虐待してるとか疑われるんじゃないかと、心配になり、その手を止めながら、頭を叩く癖がどうして出てきたのか知りたくて来たこと、私の何がいけないのか知りたい、愛情はかけているつもりなんです、と必死に訴えました。

 

その方は私の肩に手をおいて、「お母さんはもう充分がんばってる、お母さんもっと気持ちを楽にしてってこの子が言っているように私には見えるよ」と言ってくださいました。

 

 

すると、不思議なことに今まで私の腕から逃れようとのけぞり泣きながら自分の頭を叩いていた息子が泣き止んで、泣きぬれた顔のままその方の顔をじっと見つめるのです。 その方は嬉しそうに「ほらね、息子君もそう言ってるよ」と言ってくださいました。

 

わたしはびっくりしました、だって、私は、自分は姉がそばにいてくれて本当に楽をしてる、姉の家で甘えて、帰りは夜遅くなったりしている、ダメなお母さんって思っていたんです。

 

その方が「子どもにとってはどんなお母さんでも自分のお母さんが最高。お母さんが笑顔で元気が一番うれしいのよ」と言われた時に、自然に涙が止まらなくなりました。そのころには長男は安心しきった顔で私の腕の中で眠っていました。

 

その会には長男が頭を叩く癖がなくなった後も何度も通いました。 打ち解けてくるにつれて私は子どもの頃の悲しみもその方に聞いてもらうようになりました。

 

ある朝から急にいなくなった母のこと、 昔のことなので心配かけまいと、こどもの私は説明してもらえず心細かったこと。 数か月ぶりにやっと会えた時私のことを自分の娘だと理解できない母に変わってしまっていたこと。 自宅に帰った母が以前の母とは全く変わってしまい生活が一変してしまったこと。

 

思えば、20年以上それらの悲しさや怒りを何でもないことのように蓋をして生きてきた自分に気がつきました。何でも話せる姉とも子どもの頃の葛藤や寂しさについては話したこともなかったのです。母に出産や子育ての不安を相談できないさみしさも、言っても仕方のないことと蓋をしてきたのです。そんな気持ちを人に話すうちにだんだん自分の気持ちに素直になれるようになりました。

 

息子が本当に私の心の底の寂しさに気がついていたのか、本当のところはわかりませんが、息子のおかげで意地を張って強がり、辛いことがあると怒り出す私から、辛さを感じる自分自身に共感できる私になったのです。 長男はきっと身を持って、人に気持ちを預けることの大切さを私に教えてくれたのだと思います。

 

人から良くやってるねと労われる。 大変だよねとお互いに慰めあえる。 母にとって共感を得られる関係がどれほど大切か。。。 お母さんが何かを求めて子どもを連れて出かけて、周りに謝りながら必死でいる姿、 自分ばかりで抱え込んで頑張りすぎていたり、 自分は至らない母だと落ち込んでいたり、、、 その姿は少し前の私です。

 

私の原動力はここにあります。 お母さん同士が支えあい、そのお母さんたちを地域のみんなが支える。 よく頑張ってるね、そんなに心配しなくても大丈夫、そういって肩の力をぬいてあげたい。 その姿を見て子どもは安心して成長する。私はそう考えています それが、「んなのいえ」を立ち上げるひとつの理由でもあります。

 

長いお話にお付き合いくださいまして、ありがとうございます! 明日は本文にも少し触れました、神奈川県鎌倉市の青空自主保育なかよし会のお話をさせていただきます!

 

♯3 「なかよし会で知った助け合いの形」に続きます!

 

引き続きのご支援、何卒よろしくお願いいたします!

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