今回は、茂木薫監督のおばあちゃんとの思い出です。

 

祖母は、18歳で茂木家の長男と結婚しましたが、8年間子供ができませんでした。

子供を産むのが女の使命のような考え方であった昔のことですから、
長男の嫁ということもあり祖母は周囲から責められ、心ない言葉を投げ掛けられることもあったようでした。

8年という長い不妊でしたが、子供好きの祖母は諦めませんでした。

祖母は、高崎の病院で子宮の手術をうけた直後に長女を授かり、続いて次女、長男を妊娠出産しました。その末っ子の長男が、私の父です。


そんな祖母にとって私と従姉妹は待ちに待った孫でした。
常に愚痴一つこぼさず、苦労してきたことをかけらも見せず、無償の愛で私たちを包み込んでくれました。

おかげで私と従姉妹はものすごいおばあちゃん子で、おばあちゃんを取り合って喧嘩をしては、おばあちゃんの膝を一つずつ分け合ったのでした。

あの時、おばあちゃんが妊娠を諦めてしまったら…

父や伯母を必死に育ててくれなかったら…

私や従姉妹は存在していませんでした。


おばあちゃん、ありがとう。

祖母は、物静かで、人の話をよく聞いてくれる人でした。
祖母のもとへ、毎日誰かしらやって来ては、相談をしていた光景を覚えています。
そんな祖母が、私が中学生の時に突然亡くなって初めて、
祖母のことをほとんど知らなかったことに気付いたのです。

「もっとたくさんのことを聞きたかった…、もっと祖母と一緒に話したかった…」

その後悔が、私を映像作家の道へと向かわせたのかもしれません。


私は、撮影をする度に、物語を作る度に、いつもその出会いに心から感謝します。

私には、話して下さること1つ1つが宝物なのです。

ご家族には照れくさくて話せないことも、誰かには話せることがあります。


自分には自分の歩んできた道が、平坦で変化のないものに見えるかもしれません。


しかし、振り返って思い起こせば、多くのドラマを含んだ愛おしい世界でたった一つの軌跡です。
自分自身にはたわいもないことが、ご家族や他人にとって生きるヒントになることもあります。

私にとって映画制作は、身近な人の大切さを再確認し、改めて自分自身を見直すきっかけを与えてくれます。

より多くの人々に、生かされていることへの感謝の気持ちを呼び起こすような作品を目指しています。

茂木薫



 

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