プロジェクト概要

日本の先進的な防災学を学んでもらうために、フィリピンの台風被災地にある州立大学の生徒たち5人を日本に送りたい!!

 

はじめまして。小元恒治(おもとこうじ)と申します。東日本大震災で大きな被害を受けた福島県南相馬市原町区で生まれ育ち、縁あって2006年4月からフィリピンのマニラで暮らしています。現在、私はフィリピン・ビリラン州にあるナバル州立大学と提携し、産学連携の形で様々な事業をスタートさせるべく準備を進めていて、今ひとつ事業を立ち上げようとしています。それは「フィリピンの大学生が日本で防災学を学ぶ短期留学事業」です。フィリピンの大学生に、兵庫で最先端の防災学を学んでもらい、それをフィリピンの災害復興に生かしてもらうために、今、フィリピン人の学生を日本へ送り出そうとしています。

 

しかし、フィリピンから日本へ5人分の留学生の渡航費用が不足しています。どうかみなさまのご支援よろしくお願いいたします。

 

 

 

2013年11月8日、観測史上最大規模の台風がフィリピンを襲ったことは記憶に新しいと思います。猛烈な暴風により、街は完全に破壊され、道路は瓦礫でふさがれ、数ヶ月に渡って通信網は途絶えました。被災者は今もなお、空腹や家のない生活から解放されていない日々を過ごしています。ちょうど、3年前の震災の時と同じ状況でした。

 

この被害を受け、私はすぐに動き始めました。活動を続けている中、兵庫や千葉、福島など全国各地から協力してくれる方が現れました。福島は現在も東日本大震災からの復興途上にあり、また兵庫県は阪神大震災、そして2004年に台風による水害を受けた経験から、兵庫県広域防災センターを防災学の最先端基地として稼動させている地域でもあります。

 

 

一人の情熱的な英語教師との出会いから始まったプロジェクト。

 

そもそも、私がこの事業を始めようと思った大きなきっかけの一つに、一人のフィリピン人英語教授との出会いがあります。彼女はジョイ・ビリャパンドと言い、その分野ではフィリピンでも屈指の指導者です。彼女とは2009年に知り合って以来の友人関係なのですが、2012年12月に彼女からある相談を受けました。彼女はフィリピン大統領府直轄の教育機関であるフィリピン高等教育局の委託を受けて、フィリピン国内の16の州立大学で英語の指導をしています。それらの大学の生徒をOJT(On the Job Training…企業内訓練)として受け入れてくれる日系企業の取りまとめをしてほしいと言うのです。

 

フィリピンの大学は卒業までの単位にOJTを必須としています。3・4年次に合計1000時間のOJTをこなさないと卒業できないのですが、その受け入れ先は各生徒がそれぞれ自身で探しているのが現状です。しかし、大都市の学校はともかく、地方では大勢の学生を受け入れるだけのキャパがありません。そのため、地方の学生は都会の親類縁者を頼って、どうにかこうにか受け入れ先を見つけ、またその期間中はそういった人たちのところに居候させてもらっているような状況なのです。そういう現状を少しでも改善しようと、大学対企業で定期的に学生を受け入れてくれるような仕組みを構築しようというのが、今回のプロジェクトの発端です。

 

私が始めてビリラン州を訪れたのは2013年5月1日の事でした。それ以来、この事業を進めるために毎月何度も現地を訪ねて信頼関係を構築し、今では前学長ご夫婦から息子と呼ばれるようになりました。

 

(昨年10月、学園祭に招待してもらった際の写真。右から私、その隣りが学長の娘さんで州立大学の教授も務めるジェーン、そしてジョイ、一番左がフィリピンのいくつかのチームでサッカーコーチを務めるジェリーです)

 

また、現地訪問の合間を縫っては日本に帰国して支援者の和を広げていきました。私の故郷の福島県浜通りで震災からの復興を目指すNPO法人が、福島の子供たちにフィリピンで英語を学ぶ機会を与えるための協力をして下さる事になりましたし、兵庫県の社会福祉法人が利用者の軽度の知的障害者の方たちの社会復帰訓練の一環として、フィリピンの大学生との交流事業を計画して下さっています。それ以外にも、いくつかの民間企業がこのプロジェクトに賛同して下さり、支援や協力をして下さるようになりました。

 

(被災直後にビリランへの支援を求めた時の図。ビリラン島は

レイテ島とサマール島に囲まれた湾状の海に浮かぶ小さな島です)

 

 

2013年11月8日。観測史上最大級の台風がフィリピンを襲いました。

 

そうやって、ゆっくり、しかし着実にプロジェクトが進展を見せていた昨年11月8日。日本でも大きく報道された台風ハイヤン(フィリピン名ヨランダ)がフィリピン中東部を襲いました。最も大きな被害を出したのはレイテ島とサマール島。この2つの島は日本をはじめとして、世界中で大きく報道され、それによって各国から多くの救助隊や物資が届けられました。
 

人口15万人あまりの、農林水産業が主産業ののどかな小島を、中心気圧895ヘクトパスカル、最大瞬間風速90m/秒を超える巨大な台風が襲ったのです。フィリピン全土での被害者数は、死者6,000人超、行方不明者約1,800人、負傷者は28,000人超を数える未曾有の大災害となってしまったのでした。

 

ビリラン島は幸いにして人的被害は大きくなかったものの、それでも3,000軒を超える家屋が全壊、7,500軒以上の家が一部損壊で、約54,000人の島民、つまり全島民の3分の1が住む場所を失ってしまいました。この被害を受け、私たちはすぐに動き始めました。特に、私の故郷の南相馬市は、震災時に世界中からの支援を頂いた経験もあり、このような被害には敏感に反応してくれました。いの一番に募金と救援物資を集め、フィリピンまで送ってくれたのです。

 

 

(福島県南相馬市で集まった物資を輸送する時の写真)

(私(一番左)とプロジェクト協力者の福井さん(私の隣り)が、福島県広野町の

救援物資集積所で、集まった物資の受け取りと仕分けをした時の写真です)

 

私が気持ちの上で辛かったことは、台風直撃後、2週間以上現地と連絡が取れなくなり、報道を通じてしか状況が確認できなくなったことです。ちょうど、3年前の震災の時と同じ状況でした。あの時も私は、1ヶ月以上インターネットとテレビに張り付き、故郷の状況を歯がゆい思いで見つめていたのでした。

 

プロジェクトを進める以前に、果たしてプロジェクト自体が成り立つかどうかすら全く見通しが立たない状況の中、またも日本から手を差し伸べて下さる方が現れたのです。兵庫県の社会福祉法人の理事長が、この被害から立ち上がるためには、地域の中心的施設である州立大学の生徒に災害復旧と防災について学ばせるのが一番だと、地元の市と県に掛け合い、前学長とジョイを招待する算段をしてくれました。

 

兵庫県は東日本大震災の前に阪神大震災からの復興を成し遂げています。また、2004年10月には台風被害による水害も経験しており、その被害を基に兵庫県広域防災センターという施設を設立して、防災学の最先端基地として稼動させているのです。理事長は、ビリランの学生たちに、兵庫県で最先端の防災学を学んでもらい、フィリピンの災害復興に生かしてもらいたいという強い思いを私に伝えてくれました。

 

それを受けて、私は前学長とジョイのスケジュール調整、渡航に当たってのビザ申請のアシストをして、無事1月28日から2月4日までの日程で、州立大学の前学長と関係者がこのプロジェクトに先立って日本各地を視察に訪れました。幸い、今回の2人の日本訪問で3つの大学が門戸を開いて下さったので、学生たちへの間口は予想以上に大きくなりました。

 

日本では、このプロジェクトを応援して下さっている私の協力者の皆さんが州立大学の一行を大歓迎して下さり、そのお力添えによって、県立兵庫大学、兵庫県立但馬技術大学校、日本大学工学部の3校が相互交流事業に関して基本合意を結んで下さいました。

 

(福島での救援物資収集並びにコンテナ輸送にご尽力下さった(株)ナプロアース表敬訪問時の写真。一番右がナプロアースの池本社長、中央がナバル州立大学の前学長、一番左が英語教授のジョイです)

(福島県南相馬市にて救援物資収集に協力して下さった認定NPO法人フロンティア南相馬の草野代表、福島県新知町のNPO法人みらいとの寺島さんらと記念撮影)

 

 

フィリピン被災地復興へ向けて。

ビリランの学生に日本で学んでほしい。

 

次の我々のミッションは、学生たちに日本で学ぶための基礎的な日本語を指導し、少しでも早く日本に送り出す事です。当面、私が大学で定期的に日本語講座を開き、最低限の日本語を教えた上で学生たちを留学させる事になりますが、いくつもの障害がありましたが、このプロジェクトも、ようやくあと一歩のところまで漕ぎ着ける事ができました。しかし、最後の最後に大きな問題に直面しています。それが「日本への渡航費用」です。

 

フィリピンで暮らしている人の平均所得は2011年の統計で約48万円となっています。しかし、フィリピンは貧富の差が非常に大きく、大多数の国民は一ヶ月当たりの可処分所得は2万円前後だと言われています。そんな状況で、例えば日本への航空券代金の6万円程度を捻出する事すら彼らにとっては決して簡単な事ではありません。

 

(大学外観)

(校内食堂)

 

ありがたい事に、留学中の滞在費に関しては日本の受け入れ先が負担すると約束して下さいました。あとは、彼らの往復航空券費用を何とかすることさえ出来れば、このプロジェクトを成し遂げる事ができます。

 

プロジェクトのためには、皆さんの力が必要です。被災して間もない、絶望の中にいる彼らに、復興への希望の光を当てるべく、どうしても日本で防災学を習得する機会を与えたいのです。どうしても彼らを日本に送りたいのです。プロジェクト実現のためにお力添えいただけますよう、心よりお願い申し上げます!

 

 

引換券について

 

■大学内に支援頂いた方々のお名前を記載して掲載させて頂きます 

■現地での活動の様子を収めたフォトブックを作成し、お送り致します

■ビリラン州の観光案内DVD及び冊子をお送りします

■フィリピンのお土産をお送り致します 

■大学からのサンクスレター

 

 


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