プロジェクト概要

フィリピンの貧困で苦しむ子供たちに、安心して暮らせる環境を共に創り、医療を提供します。

 

こんにちは!杉井ローズマリーと言います。11年前からフィリピンで、貧困で教育も受けることが出来ない子供たちを対象に、共に農業をしながら居場所づくりをし、勉強の出来る環境、ワクチン接種といった医療を提供しています。しかし、まだ現地には貧困で小学校だけでなく、病気になっても薬も買えない子供たちが、たくさんおります。

 

現在、毎年6人の子供たちと活動をしていますが、今回、共に暮らすことが出来る子供たちを増やせるように、畑を購入したいと考えております。今回のプロジェクトが達成できれば年間12人の子供を救うことが出来ます。どうぞご支援をお願い致します。

 

(子供たちは畑での作業を通して、居場所をみつけます)

 

 

25年前、私はフィリピンの現状を初めて知りました。

 

約25年前、高校生の頃に、学校からのボランティアでフィリピンのネグロス島に台風被害のボランティアに参加したのをきっかけに、毎年一回程度、フィリピン島部各地の台風被害救済のボランティア活動に参加し、台風で崩壊した屋根の修理や井戸掘りの手伝いなどをしてきました。

 

1991年のピナツボ火山の噴火・大地震をきっかけに、未開拓の地だったパンガシナン州バティスタに拠点を構え、初めは子供たちに絵本や洋服などを日本から届けることを始めました。子供が教育も受けらず、「お金ちょうだい」と来たり、市場で働いたり、病気で亡くなる子供たちの現状を勉強する中で、国としての教育体制・医療体制の悪循環を解決したいと、少しずつ同志を募り、本格的にボランティアを実施してきました。

 

(現地では子ども達と、収入を得るため

壊れた自転車を直したりしています)

 

初めは、日本で購入ができる絵本や洋服を送ったりしていました。しかし、一時の支援でその時は大丈夫ですが、台風などが1年に数回来る自然現象には無力で、家の修理などでまた貧困生活に戻ってしまいました。

 

頑張って何かを作り上げても、台風から防御する手立てを考じ、それを見越したボランティアをしていかなければならないと痛感致しました。

 

(一度台風が来ると、周囲は壊滅的な影響をうけます。

それが近年は何度も来ます)

 

そこで、畑を購入することで、居場所のない子供たちを年間5・6名引き取り、共に栽培した農作物の販売や、家事手伝いなどのアルバイト(洗濯や料理作りなど)、学校に行けない分の子供たちの勉強のサポートを行ってきました。

 

7年間活動を続ける中で、活動当初は、泥棒をやりかねないような子供たちの表情・目でしたが、最近は大学に行きたい!などの目的意識をもって活動に取り組んでくれる、明るい貧困生活になってきました。

 

また地元の中の、特に高齢者の方々には、子供たちが家まで売りに行く野菜をだんだん待っていてくれるようになり、子供たちも喜び笑い、老人たちも喜び暖かい目で見てくれる、本当に狭いエリアではありますが、老壮青が助け合える地区にだんだん生まれ変わってきています。

 

(地域の高齢者と子供達です。子ども達の笑顔がまぶしい!)

 

 

東日本大震災の炊き出しで行ったボランティアが第2の転機でした。
2011年ローズマリーガーデンという団体をつくり、教育とワクチンで支援することに特化して活動をしています。

 

第2の転機は東日本大震災の際、宮城県の七ヶ浜町に炊きだしボランティアに行った時でした。元々、東日本大震災が起きた次の日に、七ヶ浜町へ仕事で行く予定だったのですが、津波により行く先である仕事先の知人家族が行方不明となりました。その悲しみに、いてもたってもいられず、現地に食料を届け、炊きだしをやりました。

 

被災地の震災前に比べて180°変わった景色、盗難・強盗・暴行が取り締まれない状況、余りにも無理な死体安置など…これが本当に日本なのか?と思い知らされる状況で、フィリピンの例年の被害を思い出しました。あまりにもフィリピンの自然災害の状況と重なったのです。

 

それと同時に、やはり日本は、農村部でも最低限の復興速度は速いと感じました。フィリピンでも農村部では同じような被害なはずなのに、全て放置な状況なので、日本の姿勢とは全然違います。やはり規模を拡大し、行政とも協力しなければ、本当の救済にはならないことを痛感致しました。

 

そこで、2011年の東日本大震災をきっかけに、フィリピンで本格的に少しずつでも活動を拡大しようと、「ローズマリーガーデン」という団体を立ち上げました。今は7人で活動しています。

 

(日々共に活動するスタップ達です)

 

また、日本の社会では、最低限の医療は保証されていますが、将来的には私達もフィリピンの国に対して子供たちへの、医療提供等、最低限の保証を訴えていきたいと考えており、部落→村→市→州→国のレベルまで話を持って行きつつ、私達の活動も大きくしていかなければならないと感じています。

 

メンバーは、私を筆頭に、活動を始めた2004年当時、高校生で、大学の費用を支援した2・3人を含め、活動内容によって地域の人達のボランティアをお願いしています。それ以外にも、定年退職した元教師1人と3人のサポートメンバーも活動しております。
 

 

11年間継続した活動を拡大させて、今までの2倍の子供たちを受け入れます。そして安心して暮らせる環境を提供していきたいのです。

 

このように11年間続けてきた活動で、約50人の子ども達が育っていきましたが、まだまだ貧困の子どもはいます。現在の最大の課題は資金繰りです。そのため、資金を持続的に確保ができるよう、子供たちと共にお米を作れる土地の購入を検討しております。野菜に加えお米が作れると、1年を通じてお米の収入が得られるため、毎年12人の子供たちの生活支援が出来ます。

 

このプロジェクトを行うことで、1年後にはフィリピン、パンガシナン州バティスタの12人の子供が学校に通え、またここで得た収入により、その家族の乳児に最低限の予防接種を受けさせることができます。皆さまのご支援をどうぞ宜しくお願申し上げます。

 

★★★リターン☆☆☆★★★☆☆☆

頂いた支援金額に応じて、以下のリターンをお送りさせて頂きます。

 

①サンクスメール


②子供たちからのお手紙(日本語)

 

③バナナチップス

 

④手芸品

 

⑤乾燥系洋菓子

 

⑥フィリピンドライマンゴー

 

⑦子供たちが作ったお米2kg

 

⑧子供たちが育てたバナナ1房

 

⑨バージンココナッツオイル

 

⑩パパイヤ石鹸セット

 

⑪感謝の気持ちを込めて農場にお名前の木製看板を作成・掲揚させていただきます。

 

⑫現地のブランデーまたはカラマンシージュース(本物)

 

⑬ジャコウネコの排出物からとれる流通量の少ない、希少価値の高いコーヒー豆、コピル・アク(本物)