プロジェクト概要

交流から共存へ

 

 初めまして。東京と名古屋を主な活動拠点に現代演劇を制作しているTheatre Company shelf 代表・演出の矢野靖人と申します。

 

 shelf は、演出家の矢野靖人が代表として2002年に創立した劇団です。毎公演、洋の東西を問わず、近代や古典テキストを中心にそれを大胆に再構成して作品を制作しています。劇作家が演出を兼ねることが多い日本の現代演劇において、演出家が演出業に専念するスタイルは珍しい方だと思います。

 

 shelf
 http://theatre-shelf.org/

 

 作品については、

 

同時代に対する鋭敏な認識と、空間・時間に対する美的感覚と、俳優の静かな佇まいの中からエネルギーを発散させる演技方法とを結合させ、矢野は鮮やかなビジョンを造形し、見応えのあるポスト・ドラマ(ハンス=ティース・レーマン)を創造した。」(2006年12月 「構成・イプセン ― Composition / Ibsen」についての劇評より(演劇評論家/大岡淳氏)

 

 等の高い評価を頂いています。

 

 これまでに制作した舞台作品は、代表作として、

 

『R.U.R. a second presentation』 (作 / カレル・チャペック)

『構成・イプセン ― Composition / Ibsen』(作 / ヘンリック・イプセン)

『悲劇、断章 ― Fragment / Greek Tragedy』(作 / エウリピデス)

『Little Eyolf―ちいさなエイヨルフ―』(作/ヘンリック・イプセン)

『班女』、『弱法師』(ともに作 / 三島由紀夫「近代能楽集」より)

 

などがあります。

 

 この度、日中韓三ヶ国が持ち回りで開催しているBeSeTo演劇祭は、第20回BeSeTo演劇祭 BeSeTo+(日本開催)に参加する運びとなり、ついては韓国から俳優を招聘し、舞台作品を国際共同制作するプロジェクトを立案しました。今回の募集で出資頂いた資金は、韓国人俳優の渡航費・及び滞在費用として充当します。

 

 第20回BeSeTo演劇祭公式サイト
 http://www.beseto.jp/20th/


 第20回BeSeTo演劇祭 BeSeTo+参加作品
 shelf volume16 『nora(s)』
 2013年10月25日(金)~31日(木)@アトリエ春風舎
 

shelf volume16 「nora(s)」

 

 舞台芸術は他の芸術と異なり、徹底的に、生身の人間同士が時間と場を共有しなければ実現しない行為です。その行為には分り合えない他者ときちんと向き合うことの困難さ、人と人とが関わり合うということの面倒くささが伴います。しかしその面倒くささにこそ、高度に情報化した社会で私たちが失いがちな、人が自分の身体を通してしか辿りつくことの出来ない深い相互理解の契機があると考えます。

 

*shelf 稽古風景1 2006年5月『R.U.R.a second presentation』(作 / カレル・チャペック)@世田谷パブリックシアター地下稽古場

 

リハーサル風景

 

 これは私、矢野が、昨年ノルウェー大使館より正式に派遣されてオスロ―訪れ、各年で開催されている国際イプセンフェスティバルに参加した折に感じたことですが、私たち日本人は、自分たちが思っている以上にドメスティックな発想に縛られているようで、そのことを非常に痛感しました。

 

 国際イプセンフェスティバル2012

http://www.nationaltheatret.no/Nationaltheateret/International/The_International_Ibsen_Festival_2012/

 

*オスローにある劇作家ヘンリク・イプセンの墓の前で 2013年8月

 

Ibsen's grave

 

 このままでは、来るべき(というよりか、それはもう既にとうの昔から始まっているのですが、)国際化した社会、多国籍化した社会を生き抜くための知恵を、私たち日本人は勝ち得ることが出来ない。私たち日本人の、言葉少なくして相互の理解を図るコミュニケーションの方法は一つの「型」としてとても美しいものだと思いますが、一方でしかし、私たち日本人は、本当の意味での「他者」との出合い方を、いまだによく理解していないのではないか。

 

 私たち日本人は、もっともっと開かれた視野と感覚を持って、世界に羽ばたける翼を身に備えながら、そのうえでなお、矛盾するようですが、同時に根を下ろすべき大地を見つめ直さなければならない、と私は数少ない海外の、世界的に有名なアーティストたちとの交流を通して強く、考えました。

 

 そのためには、ただ英語を身につけるとか、グローバルな視点からものを考える。というだけでなく、先ず自分たち日本人を、客観的に外から眺めることが必要なのではないか。その際に、今やすっかり西欧化した社会を生きている私たち日本人の、その存在の本質を探るには、ヨーロッパとの比較でものを考えるのではなく、敢えて今、ここで一度、東アジアという括りで自分たちについて捉え直すべきなのではないか。

 

*shelf 稽古風景2 2009年8-10月『私たち死んだものが目覚めたら』(作/ヘンリク・イプセン)@にしすがも創造舎


リハーサル風景2

 

 先述したように本プロジェクトでは韓国から俳優を招聘し国際共同制作を行います。shelf として、また私としてもこういったプロジェクトを行うのは初めての試みですが、言葉と文化の異なる日韓の俳優の共同制作を通じて、情報技術の発達だけでは辿りつけない、より深い、身体的なコミュニケーションの方途、相互理解の方途を探りたいと思っています。

 

 交流から共存へ。来るべきグローバル社会を迎える前に今一度、一人ひとりの個としての立脚点を見つめ直し、多国籍化する社会を生き抜くための知恵を絞り出し、作品を制作し、そしてその作品の上演を通して、観客とその知恵を共有したい考えています。

 

 それぞれの母国語を用いながら、それぞれの国のヨーロッパ文化の受容のし方、特に、現代演劇へと至る道を切り拓き、またフェミニズム運動の発端ともなった、(ひいてはマイノリティの生きるための道を指し示した、)劇作家イプセンの代表作「人形の家」の受容のし方とその違いを洗い出し、大いなる変革の時代を生きたイプセンの作品に刻印されている様々な痕跡をたよりに、他でもない、同じように価値観が激しく変貌しつつある今を生きる私たち自身が生き残るための指標を指し示したいと考えています。

 

 プロジェジェクト支援者には、本公演の招待券及び、出資額に応じて缶バッヂ、過去公演のDVD等をお送りします。もし東京での公演をご覧になることが難しい場合には、記録映像を後日送付するなど、代替案を考えたいと思います。

 

 試みは小さなものですが、志は高く、政治・経済とは異なる文化芸術という手段を通じて、日韓という二国間の真の国際理解を得たい。人と人とが出会うことからしか、共存の道は開かれません。私たちの願いに賛同して頂ける方からの本企画への出資を切に願います。

 

矢野靖人

 

■舞台写真 2008年1月『悲劇、断章 ― Fragment / Greek Tragedy』(作 / エウリピデス)

 

「悲劇、断章」

 

撮影 / 構久夫

 

■劇評「安住恭子の舞台プリズム」2008年2月2日(土)中日新聞夕 刊(演劇評論家・安住恭子)

 

劇評1

 

shelf 「悲劇、断章」  大胆な省略、迫る重量感

 

 七ツ寺共同スタジオ三十五周年記念企画の第一弾、shelf の「悲劇、断章」(矢野靖人構成・演出)は、ギリシャ劇を新鮮によみがえらせる試みだった。シンプルな構成で、エウリピデスの「トロイアの女」の内実をくっきりと立ち上げた。

 

 まず目を引いたのは、戯曲を大胆に省略し骨格だけを抽出したことだ。コロスは登場させず、トロイアの王妃ヘカベ、王女で巫女のカサンドラ、皇太子妃のアンドロマケと、戦争の原因であるギリシャの美女ヘレネの女四人のエピソードをむき出しで並べたのだ。そのことで、愛する夫や息子、父親を殺され、自分たちは敵方の奴隷になる、戦争に敗れた側の女たちの悲劇がはっきりと浮かび上がり、その背後の欲望をめぐる喜劇性もうかがわせた。

 

 それでいて舞台がやせ細ったわけではない。ギリシャ劇のずっしりとした重量感があった。それはひとえに、矢野の演出とそれに応えた役者たちの力だろう。激しい怒りと悲しみのせりふをまっすぐ語り、まっすぐ伝える。感情の波は、役者が表現するものではなく観客の内部に起こる。そのせりふ術。また冒頭で、ヘカベ役の火田詮子が白布の固まりをじっと見つめるだけでおびただしい亡きがらを想像させるような、内圧の高い動き。それらによって、二千数百年前の悲劇が、今も繰り返される戦争やさまざまな欲望のドラマへと広がった。ナチュラルでいて象徴的。魅力的だ。 (1月24日、名古屋・大須・七ツ寺共同スタジオ)

 


shelf 東京の演出家矢野靖人を中心にしたプロデュース集団。今回は名古屋と東京の俳優が共演した。

 

■舞台写真 2010年2月『エピソード、断片―鈴江俊郎中期戯曲より―』(作 / 鈴江俊郎)@名古屋市千種文化小劇場(愛知)

 

 「エピソード、断片―鈴江俊郎中期戯曲より―」

 

撮影 / 新井亮

 

■舞台写真 2010年9月『班女』(作 / 三島由紀夫)@鳥の劇場(鳥取)
 

「班女」

 

撮影 / 鳥の劇場

 

■舞台写真 2011年4月『芝居』(作 / サミュエル・ベケット)@静岡県舞台芸術公園・稽古場棟「BOXシアター」

 

芝居

 

撮影 / 武者輝

 

■舞台写真 2011年6月 shelf volume13『edit』@atelier SENTIO(東京)


「edit」

 

 

「edit」

 

撮影 / 原田真理


■舞台写真 2012年12月『弱法師』(作/三島由紀夫)@長久手市文化の家(愛知)


「弱法師」

 

撮影 / 鳴海康平

 

■劇評「安住恭子の舞台プリズム」2013年1月5日(土)中日新聞夕刊(演劇評論家・安住恭子)
 

劇評2

 

長久手市文化の家×三重県文化会館プロデュース「三島ル。」
2劇団、演出の対比 鮮やか

 

 愛知県長久手市文化の家と三重県文化会館が、三島由紀夫の「近代能楽集」を二つの劇団が競演するというユニークな企画を、共同制作した。「三島ル。」shelfと第七劇場の演出家、矢野靖人と鳴海康平が演出を競った。


 長久手ではshelfが「弱法師」、第七劇場が「班女」の上演で、三重では前者の「班女」と後者の「邯鄲」というプログラム。両者とも古典を新しく表現する作品作りをしているが、矢野は言葉と身体を重視するのに対し、鳴海は美術を含めた視覚的表現を追求している。今回の舞台にもそれの特徴がはっきりと表れ、特に「班女」の競作は全く異なる作品かと思えるほどだった。

 

 「班女」は、男を待ち続けるあまり狂気となった女と、彼女を庇護する女性画家の元に、男がやってくる話。画家は女を独占しようと男と対立し、一方、女は彼が待ち焦がれた男と気づかないという皮肉な幕切れで、「待つ」と「追う」という行為を通して恋の狂気を突き詰めた作品だ。特に女を庇護しつつ彼女を求め続ける画家の狂気が浮かび上がる。

 

 鳴海版は、一つ一つにスポットライトが当たる小さな箱庭が並ぶ舞台美術を前に展開。その美しく静かな世界の中で、画家がせりふを言いながら赤い絵の具をまき散らし狂気を分かり易く見せた。一方の矢野版は、三人の登場人物の他にもう一人の女性を登場させ、彼女が戯曲を幻視する作り。中央に座る彼女が背後で繰り広げられる画家や女のドラマに同化し、女たちの狂気を増幅させる。それをせりふを重ねたり微妙にずらすなどの繊細な演出と座ったままの演技で張り詰めて見せた。(十二月1日長久手市文化の家、九日三重県文化会館)


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