こんばんは、岡田です。

 

みなさんのご支援本当に感動します!毎日泣きそうです。

ありがとうございます!

 

 

 

震災直後に、初めて被災地という場所に足を踏み入れた時の記事がありましたので、載せさせていただきます。

 

今思うと、この衝撃から、今の活動があるのかもしれません。

 

 

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昨日は宮古から少し南にある山田町のボランティアに参加してきました。

 


山田町行き、大槌町行き4台で計160人。

 


朝、盛岡駅に集合してバスで約2時間。

 

 

山田町は津波だけでなく火災での被害も大きかったみたいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

山田町に着いて6、7人のチームに別れて行う作業を振り分けられました。


今回作業の内容はおもに、物資の仕分け、避難所の掃除、街の道を作る作業、被害にあった民家の清掃。

今回僕らのチームは民家の清掃に割り振られました。

 

任せられた家に行くと
おじいちゃん、おばあちゃんと一緒に住んでる息子家族の小学五年生ぐらいの男の子がいました。

 

 

 

このお宅は、高さ2mぐらいの津波に巻き込まれたけど、

その後の火災には風向きの関係で奇跡的に助かったらしい。

 


家の

 

 

右側を見れば

 

 

 

 

本当に奇跡的だった。


家の中や戸が泥だらけだったので、それを洗い流しました。

 


戸についていた


津波の線

 


家中についてる全部のこの線を絶対に消したかった。

 

 

夕方までやり、住めるぐらいにはきれいになったところで家主のおばあちゃんがぽろっと

 

 

「希望が湧いてきた」

 


って言った。

 

こう言うことの積み重ねなんだなと思った。


自分の家が被害を受けて途方にくれている時に、全然知らない人が来てサポートしてくれると言う安心感。

全国の人がサポートしようとしてくれていて、それに頼ってもいいんだと言う気持ちの余裕が大事なんだと思った。

 

帰りに、被害にあった家を解体している土方のにいちゃんに声をかけられたので、少し立ち話をした。


聞くと、前日に行った宮古市から来ているらしい。
自分達も被害にあってるけど、こっちの方がひどいからって。

そのにいちゃんと一緒に作業してた60歳ぐらいのおっちゃんも宮古の人で、


デッカい磁石に
ヒモに付けて歩いてればクギ回収できっぞー
車パンクしねぇようになぁ
ハハハー!


って笑いながら話してくれた。

 

にいちゃんに

どっから来たの?


って聞かれて、

東京

って言ったら

 

「ありがとう」

 


って言われた。

 

正直、ありがとうなんて言われると思って来てなかったから、びっくりして何も言い返せなかった。

 


帰り際に、何て言っていいか言葉が出てこなかったから、

 

「いっぱい連れてまた来る」

 

とだけ言ってわかれた。

 

最後バスで帰る集合場所が高台にある町民センターで、その時間が物資を配給する時間だった。

 


お母さん、子ども、おばあちゃん、が並んで長い列ができていた。


それぞれの袋に水やパン、納豆、その他の物資をもらっていた。


6歳ぐらいの男の子が両手いっぱいにペットボトルの水を抱えていた。


おばあちゃんと一緒に来た小さな女の子が、リカちゃん人形のプリントが入ってるピンクの小さなリュックに、
「わたしがもつ」
って一生懸命物資を詰めてた。


列に並んでいた腰の曲がったおばあちゃんが、ボランティアだとわかった僕らに軽く会釈をして、お疲れ様ですと言ってくれた。

そして、その後ろにいた孫らしい男の子がそれを見て軽く会釈をしてくれた。

 

暗い顔をしている人は少なかった。


前に進もうとしている目をしていた。

 

 

心からこの人達のために何かしたいと思った。

 

疲れなんてとっくに吹っ飛んでたし、逆に元気をもらいました。


また山田町に来ます。

 


そして、やはり被災地は人手が足りてません。

 


力仕事だけではないので、男性も女性もそれぞれ力になれる事があります。

 


やはり人と人です。

 

そういう一歩一歩の積み重ねが復興につながるんだなと身をもって感じました。

 

 

もう、

 

助けられる人が困ってる人を助ける。

 

当たり前ですが、それだけです。

 


時間の経過と共に必要な事や物が変わって来ます。

 


長期的にみんなでサポートし続けましょう!

 

けっぱれ東北!

 

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