VASH2を分子標的とする治療法はどのように効くのか（その３）

VASH2は多彩な作用を持っており、そのメカニズムの全容はまだ解明できていません。がん細胞の浸潤・転移の促進作用については「上皮間葉転換(EMT)」との関連性を指摘しましたが、EMTを来す因子を他にもあり、これだけでVASH2の特徴的な作用を説明することはできません。そこで最近注目しているのが「tubulin carboxypeptidase活性」です。これは微小管という細胞骨格を構成するαチューブリンのカルボキシル末端のアミノ酸であるチロシンを取り除く（脱チロシン化する）酵素としての活性です。

細胞骨格は細胞の形を調節する蛋白の総称で、なかでも微小管は細胞分裂や細胞運動を調節すると共に、細胞内を蛋白が移動するときのレールとして機能しています。微小管を構成するチューブリンは、リン酸化、アセチル化など幾つかの修飾を受けますが、なかでも脱チロシン化はチューブリンでしかおこらない特異的な修飾です。そして、がんとの関連では「脱チロシン化チューブリン」の多いがんは悪性度が高いこと、脱チロシン化チューブリンはがん細胞が転移するときに必要な細胞突起の形成に関わっていることなどが指摘されて来ましたが、チューブリンを脱チロシン化する酵素tubulin carboxypeptidaseの本態は長い間不明でした。ところが最近Vasohibin分子の中に酵素様の構造が見つかり、続いてその部分にtubulin carboxypeptidase活性があることが分かったのです。つまり、がん細胞→？→脱チロシン化チューブリン→がん転移へと続くためのミッシングリンクがVASH2によって繋がり、VASH2を阻害することの意義が明らかになったのです。