※※※ 海人丸陸揚げ動画 ※※※

 

先週の日曜日に海人丸一号の陸揚げしました。二隻のサバニを組んだ海人丸一号は総重量1トン以上ありますので、一人で簡単に陸にあげられません。海に出す時も、そして海から陸へあげるときも10人以上の力を合わせないと移動できません。ゴールデンウィークの間、水際にアンカーしていた木造船は毎日少しづつ水を吸って重くなっていきます。定期的に陸揚げして船底を乾かさなければいけません。
 

船を自然乾燥させる目的で大潮の干潮時に干上がる場所を選んでアンカー(錨)をおろします。よって満潮時になると再び船は海に浮びます。現代では当たり前となったFRP(強化プラスチック製)船とは違い、僕らと同じように呼吸する木造船はまさに生き物であり家族の一員です。単なる海を移動する道具ではありません。

 

 

手作りの台車に前後バランス良く船が乗っているか?砂浜の傾斜に合わせて固定できているか?平日も近所の子供達がジャングルジムのように乗って遊ぶので、台車と船の固定は入念に行います。マストやセール、そしてエーク(櫂)は自宅保管します。

 

 

この日は、大阪と東京から友人家族が遊びにきて海人丸に乗って遊んだり、スタンドアップパドルボード”SUP”で海に出てシュノーケリングをして遊びました。そのお父さんは都会の子供達を南の島に連れて行って自然体験させる塾を主宰されていて、以前飫肥杉を探し九州まで航海した我々クルーが種子島に立ち寄った時にお会いした方です。今回は、視察を兼ねて家族旅行に来られていました。

 

そして、この夏7月には僕ら海人丸クルーが都会の子供を受け入れ、SUPサーフィンや素潜り漁、無人島キャンプ等のプログラムをやることで話がまとまりました。(プログラムの様子は後日海人丸ブログにてご報告します)

 

 

この海人丸はもともと沖縄の海人(漁師さん)が使っていたサバニです。常に頭の片隅には海人丸があって、雨風の度に「海人丸は今どうしているのかな?」とそわそわしてしまいます。昔はどこにでも天然の砂浜があってどこでもアンカーしたり、砂浜で乾かすことができた時代でした。でも現代の沖縄は至る所で開発と埋め立てが進み、海ガメが産卵できる場所は激減し、島の周囲は漁港の埋め立てや護岸工事で遠浅の地形が大きく変化しています。

 

僕らが暮らす目の前でこうやってサバニの上げ下ろしが簡単に(といっても重労働ですが、)できることは、大変貴重でありがたいことです。今も現役海人の義父は、「海に対する感謝の気持ちが大事だ。」と常々口に日々海に漁に出ます。僕も同じように毎日深い海でトレーニングしますが自然に対して謙虚でなければ命がいくつあっても足りません。大変残念ながら海の事故で亡くなった仲間も大勢います。

 

毎回海に出る前には、畏敬の念を忘れてはいけません。自分、そして人や自然全てに対して感謝の気持ちを持つこと。それが海でのサバイバル術です。

 

 

海で泳げない子供たちが多いこの時代、体全身で綺麗な海に飛び込む機会はとても貴重です。都会の子供たちにとっても、そして地元の子供達にとってもこの海はかけがえのない命の宝です。

沖縄では命の存在を最優先に考える”命どぅ宝(ぬちどぅたから)”という言葉があります。海も山も、水も空気も、そして樹木や魚も、そして船も。全て私たちの身の周りに存在するものには命が宿り、人は生かされている。という考え方です。

 

お金や地位、名誉では手に入れることができないかけがえのない資源を僕たち海人丸クルーは何よりも大切に、そしてこの環境を守り、海を渡る(サバイバル)術を次世代に伝えることを使命と感じています。

 

「普段、海で遊んでいるだけ、」とか「単なる命知らずの冒険だ。」と思ってらっしゃる方も多いでしょうが、とんでもありません。その使命感が無ければ命懸けの海人丸プロジェクトに携わり続けることはできません。個人の趣味の範囲では家族の理解は得られませんし、仕事と家庭のバランスは崩れてしまいます。お爺ちゃんは漁師、僕はアスリート、そして子供たちは自由に海の道を選択し、3世代でいつも海と対峙しながらそれぞれの時代を生きています。

 

このReady for海人丸二号建造プロジェクトの引換券は、そんな僕らクルーの日々を少しでも多くの方々に共有する内容です。島で暮らす海人が何を考え、何を食し、どんな空気や水を吸って生きているのか?海を通して沖縄の海洋文化を肌で感じてもらえたら光栄です。これが協力していただける皆様に対する僕たちの精一杯のお返しです。

 

より多くの食料と人を積載して遠くの海を渡ることができる海人丸二号。その建造の夢を実現するために、引き続きどうぞご協力の程よろしくお願いいたします。

 

荒木汰久治

 

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