こんにちは!ノヴァエラ・フットボールライフ(以下、NEFL)代表の金谷です。スタッフブログ、記念すべき第一回目の大役を授かりました!!今後、NEFLの活動に関わるスタッフたちのブログや、みなさまのお役に立つようなサッカー関連の情報など、随時更新していきたいと思っています。末永く、お付き合いいただければ幸いです。今回は、わたしがこの活動を始めたきっかけなどについてお伝えできればと思っています。

 

■子どもにサッカーの楽しさを伝えたい

私が小さい頃の夢は、プロサッカー選手になり、W杯で優勝した後、体育の先生をしながら子どもたちにサッカーを教えることでした。

サッカー選手になろうと思った原点は、小学校2年生の時に「キャプテン翼」という漫画でサッカーを知り、「自分は翼君になるんだ」と思いこんだことが始まりです(笑)。その時に初めて買ってもらったサッカーボールは大人用の5号球でしたが、表面の皮がボロボロになって布のボールのようになるまで使ったことを今でもよく覚えています。

体育の先生になろうと思ったのは中学校2年生ぐらいだったと思います。きっかけは、TVで、日本代表で活躍している「ゴン中山選手」と「井原選手」が大学時代にインタビューを受けていた時の映像で、「プロになってから先生になろうと思っているので教員免許を取っている」と話していているのをみて、「コレだ!コレなら一生サッカーができる!」と思ったことが始まりです。その時から小さな子どもと遊ぶのも好きだったので、自分が指導者になることはすぐにイメージが湧きました。

それから、方法は違えど、「サッカー」と「教育」から離れようと思ったことはありません。

続けてこれている理由は、単純に「サッカーが好き」「子どもが好き」という気持ちがあるからだと思います。

 

■3.11 東日本大震災

あの悲惨な地震があったとき、私は大きな無力感に打ちひしがれました。自分は子どもが好きだし、厳しい環境に置かれた彼ら彼女たちを何とか助けてあげたい。でも、今行っても何もできない、と自分自身の無力を責めたことを忘れることはないと思います。

4月の終わり、私は「自分にできることを探しに行こう」と決意し、都内でレンタカーを借りて東北へ出発しました。幸い、勤めている会社の長期休暇が10日以上あったのでそれを活用し、その間は東北で過ごすと決め、車に食料や水、寝袋やボランティア道具を積み込み人生で初めて東北に入りました。

最初のボランティアで訪れた福島県の南相馬で見た光景は、衝撃過ぎて言葉を失いました。私は戦争を体験したことはありませんが、「戦争のあとの焼け野原のよう」と感じていました。福島第一原発から20-30km内にある南相馬は、避難者も多く、子どもたちが3分の1以下になっている現状を知らされたとき、被災地の現実を知りました。ニュースや新聞で知っているつもりでしたが、自分の肌で感じる「現実」は想像以上に過酷でした。

その中で思ったことは、「お祭りをしよう」でした。「こんなに辛いことがあって、子どもたちが『生きているのも辛い』と思うことがあるかもしれない。彼らが生きる活力を得ることができるような、思いっ切り楽しいお祭りをしよう。参加する人だけでなく、観る人も準備する人もみんなが楽しいのがお祭り。だから、参加する子どもたちはもちろん、準備する大人も思いっ切り楽しめるようなお祭りをしよう」と、その時に決めました。

私には、被災地の子どもたちに渡せるモノもお金もありませんでしたが、自分が人生を賭けてきた「サッカー」であれば、「サッカー・スポーツのお祭り」として開催できるかもしれない、と考え、その後もボランティアをしながら、岩手の宮古から南下して宮城南部まで沿岸部の現状を肌で感じにいきました。道中、たくさんのサッカー関係者やボランティア関係の方々とお会いして子どもたちの未来について話すことができ、今活動できている土台も、そのつながりの中から生まれています。

「子どもたちに何かできることをしよう」「サッカーでできることがあるはず」と考えた大元の理由は、自分の原体験にあります。私自身が子どものころからサッカーをしている中で、「サッカーに育ててもらった」「仲間に助けてもらった」と振り返ることがたくさんあります。
なので、復興サッカーフェスに参加してくれた子どもたちにも、「仲間を大切にしてほしい。辛いことがあっても仲間がいれば乗り越えられる」「サッカー・スポーツを続けてほしい。続けることで仲間が増え、人生の宝物になるようなかけがえのない思い出ができる」という内容を必ず伝えています。

この復興支援活動を続けてこれているモチベーションも同じで、「一緒に『被災地の子どもたちに機会を創る』目標を追いかけられる仲間がいること」と、「子どもが好きで、サッカーが好きで、その『場』で生まれる笑顔を見るのが最高に楽しいから」です。

 

■NEFLの今後について

この一年間で、一度でも多く、一カ所でも地域を広げ、子どもたちが心から楽しめる「お祭り」を開催したいと思っています。というのも、多くのお祭りは毎年開催されます。その土地の行事として根付き、毎年楽しみになるのが、お祭りです。私達が子どものころ、地域で毎年開催されるお祭りが楽しみだったように、私達は、「子どもたちが思いっきりサッカーやスポーツを楽しめ、地域を越えて大人も交流することでつながりを創り、一人でも多くの人が長期的な復興に前向きに関わる機会」を創っていきます。そのお祭りを地元の人と共同で開催し、開催ノウハウと繋がりを各地域の方に伝えることで、来年以降も「復興を願う行事」としてお祭りが続いていくことが、私たちの大きな目標の一つです。

実際に、夏は大阪と新潟、秋は宮城と、「復興に向けて、一緒に被災地の子どもたちのためにお祭りや大会を開こう!」手を挙げてくださる方々が各地域にいらっしゃるので、きっかけを頂いていることに感謝し、仲間と共にその機会の実現に向けて全力を尽くしていきたいと思います。

 

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