今回の新着情報では、ザンブリにコアとして関わるスタッフの想いについて紹介します。

初回は、杏林大学5年の藤井。

彼女がこのプロジェクトに関わる理由、国際協力分野に興味をもったきっかけについて、書いてくれました。

是非お読みください。

 

写真家・長倉洋海氏の写真の影響で小さな頃からアフリカやアジアに惹かれ、大きくなったら海外の村で地域の一員として受け入れられて暮らす人になりたいと思っていた。

けれどたくさんの本や映画で現地を知れば知るほど、自分の日常との差に戸惑い、世界中に転がる不条理に関心がひろがった。

自分にとっての当たり前が当たり前ではない世界。

生まれた環境によってこんなにも違う人生があるなんて。

そしてそれは"平和な国、日本"と"紛争地"という違いだけではなく、日本の中でさえ家庭によって苦しい子供もいて、お金持ちの家だって幸せとは言えない子供もいて、愛を知らない子供もいれば、憎むことを知らない子供もいるということ。

いつしか私の夢は、地域の一員として受け入れられる村医者に変わった。
 


1年生の春休み、ザンビアに行った。初めてのアフリカ大陸、肌の黒い人たちに囲まれた刺激的な3週間。
そして4年生の春休み、今度は1人でザンビアに行った。まだ2回目なのになぜか懐かしい、昔住んでいた地に行くような感覚だった。

ザンビアでの時間は、まるで日本での自分の生活が夢なんじゃないかと思ってしまうほど違った。地球の裏側という表現がピッタリで、同じ瞬間を生きてるなんて不思議に思えるくらいだった。



 

マケニ村との出会いは偶然だ。飢えに苦しむわけでもなく、そこに診療所を建てることが最優先で最善の策なのかはわからない。けれど、村人自身が診療所を求めたことに意味があると思っている。診療所がないから建てよう!と私たちが提案したのではないのだから。

もちろん未来に対する投資に馴染みがないために、自分たちでお金を出し合って資金を生み出すことに抵抗があったり、自分たちは貧しいんだと卑下していたりする。

経済的に貧しい人々が、経済的に豊かな人々に抱く憧れ。

彼らは自分たちの魅力に気づいていないだけかもしれないのに。

著しい経済発展を遂げるザンビアで、素朴に生きる村の人々にわたしは憧れた。

 

ザンビアの村にはあって、わたしたちが手放してきたモノ。

 

この先もずっと伝えていきたい知恵や生き方を、わたしは彼らの暮らしの中に見出した。

ささやかな生活に戻ることに意味があるのではなく、今の時代に合わせた方法で自然と共に生きることに価値をがあるのだとわたしは思っている。

先進国と同じ道をたどるためのレールを敷くのではなく、違う道も歩くことができる、いろいろな選択肢が尊重されるような社会になることを願って。



 

 

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