プロジェクト概要

「震災から3年が過ぎて見えてきたこと」を
たくさんの方々と共有する場、講演会をひらきたい!

 

はじめまして。私は本プロジェクトの企画・運営責任者の中原と申します。現在は独立しておりますが、私は会社員時代よりボランティアで起業支援、地域活性化に取り組んで参りました。また、阪神淡路、中越、能登、そして今回の東日本大震災等の激甚災害にも関わって参りました。これらの活動の中で感じたことは、被災地の方が恐れていることは何か?それは「忘れ去られてしまう」ことです。支援者・関係者が恐れていることは何か?それは「蓄積したノウハウが消えてしまう」ことです。

 

幸い私は過去、複数の学術団体の会員として、各種シンポジウムの企画・運営に1998年から毎年従事しております。そこで、今回も、この問題の解決方法として、シンポジウムを開催したらどうかと考えました。

 

震災の反省を次に活かすための共有の場、講演会を開催する資金が足りません。三年前の出来事を未来につなげるためにも、皆さんのご協力が必要です。

 

(東日本大震災のときの様子)

 

東日本大震災では物資輸送プロジェクト「村継ぎ」

そこで感じた「あたたかさ」と「これからの未来」

 

発災から1週間後、阪神淡路の被災者にして、兵庫の地域SNSの管理者と話をし、地域SNSのネットワークを活用した物資輸送プロジェクト「村継ぎ」を開始しました。いきなり激甚被災地域への搬送はリスクが高いので、床上浸水だった千葉県山武市を対象とした活動から開始し、その上で、翌月に岩手に4トンの学用品を届けました。

 

 

 
西は九州の五島列島から出した荷が、次の拠点に着く度に量がどんどん増えていく、また尾道で作られた帆布に応援メッセージが書き足されていくのを眺め、その一員として関わることができたのは、大きな喜びでした。これは江戸時代の知恵を生かした世界初の試みでもありましたし。
この活動では、支援する側の方々から多くの「手伝わせてくれてありがとう」というメッセージを頂戴しました。仕分けは親子で取り組んで頂くことが多く、地元新聞に掲載されたこともあり、「子供に尊敬された」「家の中で居場所ができた」との声も頂きました。このことが、今回皆様に支援をお願いしようと思った一つの理由でもあります。「何かしたいが、何をしたら良いかわからない」という方が、かなり多いという感触を得ました。

 

(到着した物資を受け獲った山武市役所の皆様)

 

 発災から1年半後にはJCEJという団体が中心になり、住民の一割が失われた岩手県大槌町で「大槌みらい新聞」を発行するという動きが出てきました。これは現地に地方新聞の退職記者と東京からの大学生インターンを派遣して、現地で取材、東京で印刷して現地に郵送しました。学生インターンが全世帯、おおよそ5千世帯に配布するというものです。
輪転機が水に浸かったことにより地域の新聞社が廃業し、情報源が無くなった中で大変喜ばれました。また、将来の現地化を見据え、デジカメ教室も開催しました。これは後に現地、東京、横浜で受講者による写真展「大槌の宝箱」を開催し、これも大変喜ばれました。

 

 

(写真展の様子)

 

これ以外にもジョン万次郎財団による米国へのホームステイ派遣においての被災地高校生費用の負担、東京での女性活性化会議への高校生の招待等といった形で、千葉から茨城、福島、宮城、岩手といった被災地と関わって活動して参りました。が、見ていても、その後の復旧、復興についても、まだ途上であり、ましてや次の災害に備えた議論も十分に整理が進んでいるとは言えない状況です。

 

過去の痛みを未来の教訓に変えるためにもこのイベントが必要です。

 

関連行事も発災から3年が経過し、徐々に下火になっているのが現状です。
最初に述べましたように被災地の方が恐れていることは何か?それは「忘れ去られてしまう」ことです。支援者・関係者が恐れていることは何か?それは「蓄積したノウハウが消えてしまう」ことです。

私自身が関わった阪神淡路の教訓は被災地以外の人々からは、「他人ごと」になってしまうのを防止することの大切さです。更に、ここで課題の抽出、解決策の模索をしておかないと、何時また次の災害が襲来するかわかりません。今、被災地の皆様の願いは、『忘れられたくない』『施しではなく、働いて収入を得たい』です。

 

今、被災地の皆様の願いは、①忘れられたくない。②施しではなく、働いて収入を得たいということです。そこで、今回のシンポジウムでも、その手段についての専門家を招集し、また、このプロジェクトにご協力頂いた皆様へのお礼の品も、被災地の産品を厳選してお届けする予定です。

 

(今も復旧の前作業である瓦礫の撤去が続いている状態です)

 

イベント詳細

 

その解決手段の一つとして、今回、複数の学術団体、産業団体、NPO(産官学公連携)、そして皆様の力をお借りして東京でシンポジウムを開催することと致しました。パネルは3部構成です。

■第一部は被災地各県:千葉から岩手までの5県各1名の人々に被災から現在まで身の回りで起こったことを語って頂きます。
■第二部は防災・減災・復旧に関わった人々5名に各分野別に知見を語って頂きます。
■第三部は復興の各分野から5名を抽出し、分野別の知見を語って頂きます。
パネラーは総勢15名、17歳の高校生から82歳の方まで、また半数以上を女性にお願いし、多様性を担保しています。

 支援者の皆様にもこのシンポジウムにご参加頂いて、率直なご意見、質問をぶつけて頂き、議論を深めることにご貢献頂きたくお願い申し上げます。

 

なお、今回は目標達成を第一とし、ハードルを低くしたため、残念ながら、寄付目標を達成しても必要資金には不足です。その分はマッチングギフトの考え方で、皆様の寄付と同程度を私が負担させて頂きます。

最近、震災に関して特定分野を扱うものはあっても、広範囲な分野を包括する会議は、ほとんど見られません。これは、私でなければ実現できないものと自負しております。

 

被災地の声を全国に、全国の声とノウハウを被災地に届けるお手伝いを皆様にお願い致したく、伏してお願い申し上げます。

 


最後にお礼の品について
今回はパネラーを出して頂いた福島県いわき市に着目しました。
いわき市については http://www.s-nakahara.com/nakahara/iwakitwk.pdf をご参照ください。いわき市は一部が危険地域に指定され、その大部分の地域が外れているにも関わらず、新聞には「危険地域」の中に地名が列挙されてしまいます。
また、双葉町、南相馬市、浪江町といった避難地域から多くの市民が避難してきたことにより、社会インフラの負荷が危機的な状況にあります。この状況を改善するには、いわき市の産品の販売増による個人や市の増収が大切であると考え、ささやかではありますが、お手伝いの意味で、この品を選定させて頂きました。これは千代田区で行われた福島マルシェでも大変好評でした。
 

 

また、次の震災に備えて、パネラーの一人が企画した防災グッズも選定させて頂きました。女性らしい細やかな気遣いに満ちた逸品です。皆様のお手元にお届けできることを楽しみにしております。

 

 

更に、今回のシンポジウム各講師が執筆した資料集もラインナップに加えました。個人から企業、NPO、自治体まで幅広くご活用頂ける内容だと思います。その上、ご要望があれば、私が補足説明させて頂くメニューも加えました。阪神淡路、池田小学校事件以来から積み重なった知見をご提供できます。皆様とお目にかかる日を楽しみにしております。

 


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