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支援総額

0

目標金額 1,100,000円

支援者
0人
募集終了日
2021年5月10日

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2021年02月16日 08:28

抜粋。その2。『侮れないブルトン婆さん』

 二日に一度のアップを考えていましたが、新聞小説の如く毎日アップするのが良いとの助言があり、日々抜粋を載せます。

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「すみません。洗って返します。先生。わたしも弁護士さんになれるの…」
「いっぱい勉強しなければならないけれど試験に受かったらなれる」
「先生はイッパイ勉強したんだ」
「頑張った」
「どのくらい頑張ったの…」
「一日八時間を三年間。それでようやく合格できそうな目途がついた。それで
も受かるまで五年かかった。私は頭が良くないから余計頑張った」
「そんなに。だったらわたしには無理。どんなに頑張っても一日五時間」
「諦めるのはまだ早い。弁護士を目標に置くのも早い。私は弁護士にしかなれ
なかった。君は何にだってなれる。一日五時間も勉強している十四歳の女の子
はそういないよ。今は高校卒業の学力を持たないと先には進めない」
 花南はほめられたのが嬉しかった。
 涙が止まった。けれど鼻水は止まらない。ハンカチで鼻をかんでしまった。
「うん。頑張って『大検』の試験を受ける。十六歳になれば受験できるんだ」                        
「サッポロの弁護士に『大検』から司法試験に合格した者がいる。私と仲良し
なんだ。今度会う機会を作ろうか…」
 キムタクみたいな弁護士さんがこのサッポロにいるんだ。
「先生。ありがとう。でも…。わたし。まだ会えない。せめて『大検』に受か
ってからでないと胸を張れない」
「そうか。『大検』に合格したら必ず連絡してね」
 矢野先生が立ち上がった。
 花南は封筒をリュックのポケットに仕舞い込んだ。
 諦めていた二万円だからパッと使うと決めた。
 健太にはナイキの靴。高いからこんなことでもないと買ってやれない。ナイ
キの靴はリサイクルやジモテーに置かれていない。母さんにはエレッセの可愛
いのがいい。エレッセも新品以外では手に入らない。
 ゼビオに三人で行って靴を買い、スシローでお腹いっぱい食べて『たまゆら
の湯』で温泉に入ろう。明日は母さんの給料日ではないけれど贅沢しよう。二
人とも喜んでくれる。わたしの喜びを一緒に味わってくれる。「贅沢」って何
て良い響きなんだろう。気持ちが明るくなる。嫌なことを忘れてしまう。
 矢野先生に二万円を獲られたキャップ爺さん。必ず根に持つ。
 
 家族にシアワセをもたらしてくれた矢野修先生の二万円から三日が経った。
 花南は信号待ち。信号が変わると図書館に向かう電停に立つ。  
 

    見られている。
 誰かが見つめている。
 首筋にまとわりつく後ろからの視線。
 前と同じ。
 粘り強いシツコイ視線。
 振り返った。
 振り返ると視線は途絶えた。  
 視界に飛び込んできたのはブルトンハットをかぶった家庭菜園の婆さん。                                
 …嫌だぁ~。こんな処で出会うなんて。目を合わさないようにしないと…
 それと幼子連れの主婦。恐らく二人は市電に乗ろうとする信号待ち。信号が
変わった。花南はホームに立った。今度は市電が信号待ち。一緒にホームに立
ったのはブルトン婆さんと幼子連れの主婦だけだった。
 ブルトン婆さんは話しかけてこなかった。
 顔を忘れたのだろうか。そんなはずがない。ボケかけていてもブルトン婆さ
んは結構しっかりしている。自分の身にふりかかったことに限るけれど。顔を
背け、明らかに避けている。知っている顔なのに背けるとは何かがある。背け
るだけの訳がある。おかしい。変だ。
 電車が近づいて来た。
 また首筋に後ろからまとわりついて来た。
 さっきよりも強い。
 首筋に圧迫感。
 きっとブルトン婆さんの仕業だ。
 花南は首筋に手袋を当てた。
 振り返った。
 ブルトン婆さんは電車を見ていた。 
 花南は急いで電車に乗り進行方向の逆に立った。
 席は空いていたけれど電車の中を見通せる位置を選んだ。
 電車が動き出した。
 ブルトン婆さんはそそくさとシートに座った。
 花南を見てはいない。
 電停が遠ざかって行く。
 視線も遠退いた。 
 その時キャップ爺さんを見つけた。
 歩道に立ち市電を見つめていた。
 油断できない。二万円は根に持つのに充分。その憂さを晴らしたいのだ。だ
からこんなストーカーまがいの行動に出る。ブルトン婆さんは仕事に就いてい
ないから暇だ。キャップ爺さんは古紙回収を止めたのだろうか。止めたなら暇
だ。いや。止めていなくても憂さ晴らしの時間は作れる。 

 

 ブルトン婆さんも侮れない。
    婆さんの帽子はみんな同じ。異形のブルトンハットだ。ブルトンハットの部
類でもブルトンハットと呼ぶには気がひける。ブルトンハットに申し訳がない
し失礼だ。爺さんのうらぶれたキャップと並ぶ婆サンの定番ルック。これをか
ぶっていないと老人と思われない確信があるみたいだ。
「わたしは六十五歳以上の高齢者」と堂々と世間に宣言してる。
 買った時はまぎれもなくブルトンハット。それを椅子に置き、長時間お尻で
ペッタンコ。それからベランダの物干し竿にクリップで止め、長時間、風雪雨
に晒す。そうすればみな同じような色と形になる。色があせて白っぽくなった
焦げ茶色に。シミのような紋様も浮かぶ。原型が分からなくなった帽子。
 その帽子を風に飛ばされないように目深にかぶりヨタヨタと歩く。目深なの
で表情を読み取れない。この辺りはキャップ爺さんと同じ。表情を隠して帽子
の下から世間を覗いている。爺さんと違うのは攻撃性。それは爺さんと違って
足元がおぼつかないからだ。杖をついているブルトン婆さんも多い。婆さんた
ちは全員リュックを背負っている。買い物帰りなのかは分からない。ヨタヨタ
歩きのバランスが悪すぎ。前進を試みるも腰が落ち引けている。時速一キロの
スピード。皇帝ペンギンと同じ時速。同じでも皇帝ペンギンは活きが良い。歩
きの他に腹ばいになって後ろ足で雪原をかいて進む技を持っている。すると時
速二キロに上がる。活きが悪いブルトン婆さんは永遠に一キロ以下。
 幾人かのブルトン婆さんの顔を覗き見したことがある。キャップ爺さんとの
共通項があった。どんよりとした重い表情。不満だらけの目つき。楽しいこと
はナニひとつないと語っていた。いわゆる仏頂面。歳を重ねる度に喪われたブ
ルトン婆さんの活気。活きの悪さを全身で表現しているのは介護を求めている
のかも知れないと思った。しかし誰も手を貸そうとはしない。面白いことがあ
るのだろうか。あるならばもう少し違った出で立ちになると思う。着る服も、
かつてはブルトンハットであった色あせた帽子と同化した暗い焦げ茶色。
 家庭菜園の婆さんも紛れもなくその一員。この婆さんはヨタヨタしない。杖
もつかない。ヨタヨタ婆サンよりも元気だけれど帽子を手放さない。時々ヨロ
ヨロする。草取りの時には地べたに座り込む。立ち上がる時には決まって「ヨ
ッコイショ」と大声を出す。その時にはふらつく。
 家から一キロほど離れた豊平川の堤防に接した空き地に家庭菜園があった。
この婆さんが空き地の持ち主に頼み込んで造った。花南は頼まれて雪が融けて
から手伝った。もう直ぐ収穫。栽培しているのは九種類。ジャガイモ・大根・
人参・ピーマン・なすび・枝豆・きゅうり・とうきび・トマト。「キャベツ・                                
白菜の葉物は病気にかかりやすく雨が降り続くと腐る」と言っていた。「ワタ
シは一キロを歩くだけでもくだびれる。花南ちゃん。手伝って」と言われ週イ
チで手伝い始めた。「収穫したら沢山あげるから」とも言われた。
 花南はピーマンとなすびときゅうりと枝豆が実っているところを見たことが
なかった。スーパーで売られている姿しか知らなかった。小さな実をつけ成長
する姿を間近に見た。それだけでも家庭菜園の手伝いは楽しかった。作業の中心は草取りと添木の補強。それと水やりと追肥。住宅一軒分の畑でも地べたにかがんで草取りしながら畝の向こうを見ると果てしなく続いているよう。膝が痛み始めると立ち上がる。すると狭い畑。それから花南はかがんだ時には畝の繋がりを見ないようにした。農家の大変さが少し分かった。
 地べたでは虫たちが活発に動いている。蟻以外の名前は分からない。花が咲
くと蜜蜂がさかんに飛んで来る。きゅうりは真っ直ぐには育たない。好きなよ
うに曲がって大きくなる。曲がったきゅうりはスーパーに置かれていない。「
これがきゅうりの本当の姿」と婆さんが言った。「売り物にするためにきゅう
りに筒をかぶせて真っ直ぐにする。随分と手間がかかる」。
 婆さんは畑に着くまでは色あせた焦げ茶のブルトンハット。
 着くとリュックを置き、白いタオルをかぶる。
 収穫が近づいた時に大輔に言われた。
「花南。婆さんの家庭菜園を手伝っているんだろう。辞めた方がいいと思う」
「どうしてさ」                                
「あの婆さんが近所の人との立ち話を聞いたんだ。嫌な話しだった」
「ナニ」
「去年の秋に収穫したとうきびをあの子が物欲しそうに見ていたから今年は手
伝わせたんだ。お裾分けすると言ったらホイホイと付いてきた。貧しいとは罪
作りだよね。なにせ生活保護なんだから」
 物欲しそうだったのかも知れない。
    焼きとうきびは健太も大好物。
 生活保護から子供は抜け出せない。子供は何もできない。でも何かできるは
ずと何時も思っていた。それで頼まれた時に手助けできればと思った。その結
果が大輔の報告。何かできると思って行動すると何時もこんなことになる。
 頼まれたベビーシッターの時もそうだった。三日目に「家の調味料が異常に
少なくなっている。花南ちゃん。持ち帰っているんでしょう」とスクエア眼鏡
の母さんは金切り声を上げた。一日三時間千円の子守りをきっぱりと辞めた。
この時から幅の狭い長方形の眼鏡の母さんに近づくのを止めた。三日分を諦め
たのが腹立たしかった。ひょとして三千円を払いたくないから難癖をつけたの
かと思った。きっとそうだ。他にも調味料を盗まれたと思ってしまった腹いせ
もありそう。これからはスクエア眼鏡とブルトン婆バアに近づかない。 

 
 

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