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支援総額

0

目標金額 1,100,000円

支援者
0人
募集終了日
2021年5月10日

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2021年02月25日 08:12

今日から(下)の抜粋。その1。『変態を見つけた』

     見つけた。     
  変態が釣り皮につかまっている。
     ガラ空きの地下鉄。
     これでは痴漢できない。
  美子は地下街の大型書店からの帰りだった。
  市電でも帰れる。
     市電は遅い。
     動いているより停まっている方が長い。
     他にも地下鉄に乗ったのは理由があった。
  変態を捕まえたかった。
  花南と捕まえる約束。
     朝夕のラッシュには花南が無理だった。
     変態を見つけ出し捕まえるのに仕事を休ませられない。
  やっと見つけた。
  変態はサラリーマン風情の三〇歳手前。
     如何にもサラリーマンと主張しているありふれた濃紺のスーツ姿。
     イアホーンを耳に当ててスマホで曲を聴いている様子。
     テレビを観ているのかも知れない。
     美子にまったく気づいていない。
     変態も帰宅途中なんだろうか。今は一九時過ぎ。
     地下鉄は真駒内駅に向かっている。
  美子は大通駅で乗った。
     乗った時には気づかなかった。
     発見したのはススキノ駅。
     美子は地下鉄に乗るときには前から三輌目に決めていた。
     変態から痴漢されたのが三輌目の車中だった。
     それからは必ず三輌目に乗った。
     その甲斐があった。
     人は無意識に乗る車輌を決めてしまう。
  中島公園駅を過ぎた。
     アナンスが幌平橋駅を告げた。
  変態がスマホをスーツの胸ポケットに入れた。
  美子も幌平橋駅で降りる。
  変態は幌平橋駅の近くに住んでいるに違いない。
     絶対に確かめてやる。
  「ごめんなさい」を言わせてやる。
      このチャンスを逃してなるものか。    
   幌平橋駅からは美子の家と学校までそう遠くない。                                
      幌平橋駅で降りた乗客は少ない。
      五名だった。
   美子はさりげなく変態の後ろに付いた。
      距離は一五メートル。
   幌平橋駅は豊平川に隣接している。だからホームが深く掘られている。上っ
たり下りたりする感覚はビルの五階以上。急ぐと息が切れる。此処には人家が
無い。中島公園の一角に設けられた駅。公園を抜け出さないと灯りも乏しい。
  美子は気づかれないように後姿を凝視しなかった。
  それでも発見した時に特徴を掴んだ。
  細身の體。身長は一七五くらい。右手には黒い鞄。髪はツーブロック。
  変態の黒の革靴の音が階段に響いていた。
  美子はローファーの靴音を立てないようにつま先で階段を上った。
  後ろには誰も居なかった。
  一緒に降りた三名の乗客はエレベーターで地上に出るのだろう。
  変態は二番出口から外に出た。
  美子が見仰げる視界から消えた。
  階段を駆け上がった。
  リュックが左右に揺れた。
  二番出口に立った。
  変態の姿が消えていた。
  変態が出口から外に出てから一〇秒も経っていない。                                
     変態との距離は一五から二〇メートル。
  突然消えた。
  …不思議だ。居ない者は居ない…
  美子は出口に立ち周囲を見渡した。
  やはり誰も居ない。気づかれたのだろうか。そんなはずは無い。
  変態は気づいた素振りを見せなかった。
  二番出口から外に出たなら一本道を進む他ない。
  美子が通い慣れた道。
  百メートル先にはコンビニが在る。
  見喪うとは考えられない。
  不可解に包まれた美子は俯いて歩みを進めた。
  美子はもう一度後ろを振り返った。
  人の気配が在った。
  テニスコートの道沿いに立つアカナラの巨樹の陰に蠢く影が在った。
  影からは美子に突き刺す視線。
  三角の白い眼が光っていた。
  …これってナニ…
  恐い。
  白い三角が動いた。                                
     ヤバイ。
  気づかれていたんだ。
  追っているのに待ち伏せされてしまった。
  誰も居ない。
  人家も無い。
  此処は恐い。
  三角の眼が追って来る。
  美子はコンビニまで走った。
  コンビニが安全を灯していた。
  息を切らした美子はコンビニの雑誌が置かれている処に立った。
  外が見える。
  コンビニには客が居なかった。
  美子は変態が通りかかるのを待った。
  動悸が頭の芯を打っていた。
  来た。
  変態は何もなかったかのようにゆっくりと現れコンビニに入って来た。
  …ウソ。此処に居るなんて分からないはず…
  変態は固まっている美子の前に立った。
 「僕の後をつけた訳を教えてもらおうか」
 「…」
 美子に震えが走った。 
 …大丈夫。大丈夫。明るいから三角の眼が消えた…
 此処に居る限り襲われない。
 美子は変態の顔を見つめた。
 意外だった。
 変態は爽やか系。ツーブロックがけっこう似合っていた。痴漢された時は顔
を覚えるのが精一杯だった。髪型よりも左の耳朶のホクロが決め手。
 美子の震えと動悸が鎮まってきた。
「私を覚えていないの」
「…」
「ひと月前に貴方に痴漢された。それで探していた」
 変態は平然としていた。
「私は警察に突き出そうと考えていない。でもそれは貴方次第」
「…」                                 
「私は貴方に謝って欲しいんだ」
「えっ。…。此処で謝れば許してくれるのかい」
「どうしようかな。それも貴方次第」 
 美子はポケットからスマホを取り出しフォトをタッチした。
「私は仲美子。この近くの高校に通っている一年生。貴方は…」
「僕は出間正志。市役所に勤めている」
 美子はスマホの電源を切った。
「正直に名乗ったから写真は止めた。でも名刺を下さい」
「えっ。名刺をどうするの」
「もう痴漢しない担保にする」
 変態は財布から名刺を取り出し一枚を美子に渡した。
『札幌市役本庁戸籍係主事』
「あんた。嘘つきじゃないんだ。へ~え。名乗ったのと名刺が同じだ」
「…」
「なんで私に痴漢したの。何時もやっているの」
「痴漢は初めてたっだ。君があまりにも可愛かったから勝手に手が伸びていっ
たんだ。制服が無い高校生と直ぐに分かった。濃紺のダッフルコート。バーバ
リのマフラーとフレアスカート。紺の縦縞のリュックにキッテイがぶら下がっ
ていた。今夜と同じ黒のローファー。髪を切ったんだね。あの時は赤いリボン
のトップテールだった。艶リップも似合っていた。こんな娘と仲良くしたいぁ
~と想った。でも叶わない。そしたらつい手が…」
「なんだ。覚えていたんだ。だったら今夜の私に気づいていたんだ」
「必ず僕の後をつけて来ると思っていた。そしてその通りになった」
「そっかぁ~。あの時の不快から逃れたくて次の日に髪を切った」
「ごめんなさい。許して下さい。もうしません」
 変態は美子に正対して深々と頭を下げた。
「分かった。私の望みは叶えられた。これで不快を忘れられる」
 美子はスマホでタクシーを呼んだ。
 タクシーが到着するまでの時間が長かった。
 美子は無言。力を振り絞って変態を睨みつけていた。
 変態は俯いて美子の睨みをまともに受けていた。
 東屯田通りの自宅までは一キロも無い。
 変態に付けられるのが嫌だった。早く変態から離れたかった。
 …先ずは花南に報告…
 花南の部屋まではニキロ。
 美子はタクシーの中から後ろを振り返った。   
 変態はコンビニを出てタクシーを見送っていた。
 そして右手を大きく振り続けていた。
 …どうして。どうして。どうして手を振るの。アンタの変態を赤裸々にして身
元までハッキリさせた、私に、どうして愛おしそうに手を振るの。変だ。変だ                                 
から変態なんだ。変と云えばアッサリと自分の名前と身分を明かした。私に気
づき逃げようと思えば幾らでも逃げられた情況。なのに私と接触したいが為に
後を付けたように思う。そして名乗った。初めから警察に突き出されないと確
信していたんだ。変態は公務員。痴漢が明らかになった時にはタダでは済まな
い。立場が逆なら、私なら、絶対に身分を明かさない。やっぱり変だ。腑に落
ちない。私は名乗った。変態は戸籍係。私の名前を手掛かりに家を特定するの
は難しくない。仲と云う姓はそう多くない。通っている高校も示唆した。でも
この辺りには高校が二校在る。でも拙かったかな…
 

 

 

 


 
 

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