北米では多くの野生の熊が存在していました。

 

今回は本文より、その熊と遭遇の一部を抜粋します。

 

 

熊の恐怖

五月十七日(土)

 向かい側から来た車に熊の目撃情報を聞くと、この先百㎞走って十頭いたとのこと。ほかの車も同じような数を目撃していた。ここ一帯は熊の縄張りだ。

 足の指関節の皮膚が歩きすぎて切れている。乾燥したいが同じ場所に居続けるのは熊に見つかりそうで危険だ。血の匂いが広がるのも怖い。だが、今日は痛みがひどく、血が止まらない。仕方なく早めに切り上げてテントを張ることにした。

 設営をしていると、テントの骨組み(ポール)が折れてしまった。テープや針金で繋ぎ留めようと試みるがうまくいかない。内心、もう、どうでもよくなってしまった。足の痛みと疲れですぐにでも横になりたかったのだ。何とかなるだろうと思い、そのままテントを張るが、自立するのがやっと。もう、これでいいや…。まだ昼の三時。少しテントの中で休む事にした。

 三十分後リヤカーに荷物を取りに外に出ると、悪いことは続くもので、四十m先に熊が三頭現れた。エサを探している様子だ。こちらに気づいてジッとこっちを見ている。持っている食料を狙っているのか、僕自身に興味があるのか。足の状況が良くない時に、熊と遭遇するとは…。僕は刺激を与えないようにジッとその場に立ち尽くしていた。すると、向かい側から一台の車が現れた。

「大丈夫かい? 危ないから次の町まで乗せてあげるよ。」

 そりゃそうだろうな。目の前の熊三頭とにらみ合っている奴がいたら黙ってスルーできないよな。危険な状況なのはわかるし、親切にされるのもありがたい。しかし、ここまで戻ってきて、逃げるわけにもいかない。リヤカーは壊れ、テントも壊れ、目の前には熊三頭。お世辞にも良い流れとは思えなかったが、僕は運転手に言った。

「僕はカナダとアラスカが好きで歩きに来たんだ。ありがとう。僕はここにいるよ。」

「そうか。けど危ないぞ。三頭いるぞ。」

「わかってる。大丈夫だ。」

「本気か?」

 暫くの間、二人のやりとりは続いた。最終的に運転手もしぶしぶといった感じで「気を付けてくれ。」と言ってその場を去った。車が前進し、数秒後その車がもの凄い勢いでバックしてきた。

「後ろにも熊がいるぞ!」

 僕は、前に三頭、後ろに一頭の熊に挟まれてしまった。運転手もどうしようかといった表情だ。僕も内心どうしようとは思っていたが、先ほど断ったばかりで、今度は助けてくれと頼むのも格好悪い。運転手に、

「大丈夫。ありがとう」

と言って、車を見送った。

 さて、ここからが問題だ。「大丈夫」と言ってしまった以上、この場で熊に襲われて死んだら、極大に格好悪い男になってしまう。

 まず自分の状況を考えてみた。少し歩けるのがやっとの激痛では逃げれず、この状況でテントで休むことも出来ない。熊は前後に四頭。そんなこんな考えていると今度は雨が降ってきた。状況は悪くなる一方である。相変わらず熊はこっちを気にしながらロードサイドの草を食べている。この場所で休めないなら、荷物を片付けよう。リヤカーに、荷物を戻し、テントを畳みながら作戦を考えた。

 雨は止まない。しばらくリヤカーに座って熊の行動を観察した。まだ食事中だ。これから陽が落ちて暗くなる。後、一時間もすれば辺りは真っ暗になるだろう。気温も低くなってきた。十℃ちょっとか。手足が小刻みに震えだす。このままこの場所にいることは不可能だった。ここで寝れないとわかればあとは進むしかない。その一本に考えがまとまった。「行くしかない。」

 僕はリヤカーを引っ張り、前の三頭の熊に向かって歩き出した。ガラガラガラとリヤカーの音を鳴らしながら、堂々と道の真ん中を歩く。一番手前の熊まで二十m位で緊張感はピーク。冷静さと危機感で体は異様に暖かくなっていた。一瞬立ち止まるが前進あるのみだ。すると、熊がびっくりして森の中に帰っていく。最初の熊につられて残りの二頭も森の中へ逃げて行った。僕は熊の予想外の行動に少し驚いたが、こんなチャンスは無いと思い、痛い足を引きずりながら、その場から必死で前に進んだ。行けるところまで行ってやろうと。気が付くとその場から一㎞は離れていた。振り返ると、さっきまでいた場所が小さく見えた。

(P122〜P125)

 

熊4頭に挟まれた後も、旅の中で熊の存在に悩まされ続けることになりました。

しかし、旅を進めると、熊に対する考えも感情も変わっていきました。

 

熊のことをネットで調べると、危険で獰猛な動物なイメージがあり、民家に熊が出没するものなら、日本ならトップニュースです。

 

旅から戻り思うことは、「本当に危険な動物か?」と感じることです。

 

熊がいれば、ゆっくり寝ることができないかもしれないが、熊がいなくなれば、この世界の面白さが一つ消えて無くなるのではないかとも思います。

 

この地球のどこかで、「熊が多数生息する世界がある」と想像するだけで、今、日々の日常に少しの安らぎを与えてくれます。

 

 

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