たまには、振り返ることもいいかもしれない。

日々生活していて、幼い頃の出来事を振り返ることは多くないと思います。

 

旅をしていると、考えることは「未来」より「過去」。

 

なぜ、そんなことまで思い出されるのか?

 

少し、旅をして、ゆっくり昔を振り返ってみてはどうだろう?

 

きっと、幼い頃の自分は今よりも大切なことを知っているような気がします。

 

 

〜本文より〜

 

五月二十日(火)

 今朝、熊に襲われて死ぬ夢で目が覚めた。なんて悲劇的な目覚めだろう。テントの中から外の動物の気配を探りながら、そっとテントを開けた。動物の気配があるような、ないような…。朝食をとらずにすぐにその場を出発した。

 歩き始めると、プロプハットリバーで助けてもらったゴーディーから差し入れがあった。わざわざ車で追いかけてきて、袋にパンとソーセージと缶ビールを入れて渡してくれた。

 

 今日は昨日考えた実験を行ってみよう。それは「熊は人を恐れているか」というもの。リンゴを一つ持って熊に近づいていく。冬眠から目覚めたばかりの熊はエサに飢えている。リンゴを持って近づいてくる人に対してどういった反応を示すのか。この実験で、もし熊が逃げれば、人を恐れていることになる。逆にエサ欲しさに近づいてくれば人を恐れていないことになるが、できればそうならないでほしい…。僕の考えだが、この地の熊は人を見慣れなていないから、生身の人間に対して恐怖心を持っているんじゃないだろうか? もちろん出会い頭は論外だし、背を向けて走り出すと追いかけてくると聞くが…。

 

 今日も早速、熊出現。これからの長い旅で平常心を保つためにもやらなければならない。リヤカーを停め、リンゴを持ってゆっくり近づいていく。熊はロードサイドの草を一生懸命に食べていて、まだこちらに気づいていない。ゆっくりゆっくり近づく。二十m辺りまで近寄ると熊が気付いた。お互い静止し、牽制し合う。間合いだ。スリリングな時間だ。

 やるか。やられるか。来るのか。来ないのか。行くか。行かないか。

 そもそも僕の中で「熊は絶対逃げる」と確信があるからこの実験をしているのだが、野生の熊と対峙するのは最高の緊張と興奮状態になる。熊が逃げる確証はない。あるのは仮説だけだ。今まで熊と対峙してきて何となくそう感じたとしか言えない。

 お互い一分位、ジッと動かなかった。しかし、突然熊が起き上がり森の方へ戻って行った。僕の予想は「運よく」当たった。ホッとした。これで熊に恐れながら道を歩く必要がなくなった。この安心感は大きい。ただ、熊の対応策は確立されたものではない。僕はこうするしかなかったからで、絶対マネしないように…。自己責任だけではすまされないから…。

 今日も夜は雨。二日連続の雷雨だ。五月の冷たい雨が、テントを勢いよく叩きつける。大自然の荒野に入りテントを張って生活していると、未来のことを考えるよりも、過去のことを思い出す。このまま日本に帰ったら、仕事も金も何もなく、心配しなければならないのはこの先の生活のはずなのに、事細かに過去の事が思い出されてくるのだ。裏山で遊んだ秘密基地。道を歩いて何故、次の道を曲がったのか。あの時の発言。行動。後悔。

 ふと、小学校の卒業式に飾る、書道の時間に書いた「二文字」を思い出した。忘れていて当然だ。何せ十八年前の事だ。けれど、思い出して僕は救われた。そこには「挑戦」と書いていた。十二歳の僕は、今の自分より、大切な事を知っていたのかもしれない。

 

 

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