~3.11、何もできなかった悔しさが動機~

東日本大震災、福島の原発事故から間もなく3年が経ちます。
現在も東京を拠点として活動している僕にとって故郷の福島までの距離はそれほど遠い場
所という感覚はありませんでした。
しかし、3.11の後ではまるで感覚が変わってしまいました。
震災直後、家族や親戚の安否確認ができると早速支援物資を積んだバイクを福島へ向けて
走らせましたが、途中ガソリンが手に入らず断念。
思えば、私にとって故郷の福島がだんだんと「遠い場所」になってゆく最初の一歩だった
のかもしれません。
それからしばらくして、現地入りした私は比較的軽度な被害だった実家の支援や相馬市のボランテ
ィア活動に参加し、その時の自分に出来
る事を見つけ実行しました。

 

~福島を題材にした映像作品を作りたい~

原発事故の報道と飛び交う不確かな情報によって、人々の心に溝が生まれ、多くの人の心
とふくしまとの距離がどんどん離れてゆように感じました。
そんな中で自分の出来る事を活かした支援のかたちは何だろうか?
そう考えてまず思いついたのは「映像作品」を作る事でした。
その為にはテーマを絞り、どんな映像作品が必要とされるのかを考え、実地調査をする必
要があると感じました。

 

~仲間との出会い~

福島の子ども達の現状を知った僕はさらに詳しく取材を重ねてゆきました。
郡山市で「株式会社プレイノベーション」という子ども向け絵本アプリを開発する企業を立ち上げた代表の菅家さん、
同じく郡山市で保育園の園長を務め、さらには「NPO法人移動保育プロジェクト」の代表を務める上國料さん、
現在協力者となって下さる2人と出会い「映像を使い福島県に住む子ども達(福島市、郡山市の場合)が置かれている状況を世界に向けて発信したい」という共通の目的のもとプロジェクトを立ち上げるに至りました。

離れてゆく人々の心と福島との距離が、この映像作品を通じて縮まり、さらには自分の身の回りにもある問題と結びつけて感じてもらえるようになることが僕たちの目指す目的地です。

 

ニシザカ・ライト

☆プロジェクトの進行状況=現在絵コンテ制作中!

 

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