西日本豪雨災害、学生ボランティア活動レポート

 

 

学校名:京都大学

学年:4年

活動日:8/19~8/23

場所:岡山県倉敷市真備町及び岡山県総社市

 

総社市役所の寄付物品支給センターの画像

 

 大学の夏休みを利用して、前泊を含めて五泊五日間でボランティアに参加した。一日目が避難所となる小学校での荷物運び及びその他雑務、二日目から四日目が住宅の床下に広がる土砂のかき出しと場合によっては土壁の撤去、最終日が市役所に集められた物品寄付の仕分け及び整頓の計五日である。前四日は真備町での作業、最後の一日は総社市での作業であった。

 被災から一か月が経過していることもあり、被害を受けた住宅のほとんどは、一階の家財道具が全て処分され、床下の板が剥がされている状態であった。天井を除くすべての方向が泥まみれであり、人が住めるようになるには、まだまだ時間がかかるように思われた。家屋での作業は砂ぼこりが舞うためゴーグルと厚手のマスクが必要不可欠であったのだが、真夏であるため、たった数分作業しただけでもそれらには汗が溜まった。

 物品寄付に送られてきた衣服の中には中古の物が多く、中にはシミやしわがひどくリサイクルショップでも買い取り拒否されうるような汚いものもあった。送られてくる衣服は子供用のものが多く、ランドセルとともに山積みとなっており、需要に対し供給が過多であることが容易に想像され、これらの物品の行きつく先は、浅学な自分には「廃棄」しか思いつかなかった。そのため、これらを扱う作業に関して、意味を見出すことができず、手があまり動かなかった。

 五日間の作業を通して自分が強く感じたことは、災害ボランティアそのものも含めて、須らく効率が悪いということである。災害ボランティアに参加した自分の行動と矛盾してはいるのだが、工学を志す者として、芽生えたその考えを否定することはできない。

 例えば、参加者がどんな者であったとしても熱中症になることや疲労が限度に達することがないように、基本的なボランティア活動は適宜休憩することも含め、午前十時から午後二時までの四時間のみが充てられていた。これは明らかに短い。まだまだ、やるべき課題が片付いていないのに、日が出ているうちに撤収するのである。撤収後、被災された方はまた一人での作業に戻ることになる。また、時には家屋の床下を外すなどのある程度専門性が必要なこれらの作業に、道具の使い方を知らない素人を投入していたことも、効率の悪さを助長している。

 物品寄付についても同様で、「必要だ」との要請を受けることなく、個人が、自己判断で、自分にとって不必要なものを送り付ける行為に効率性は感じない。

 理想を言うならば、ボランティアなど存在しない方がいいとさえ思った。今回のような活動内容ならば、市や県や国が、しかるべき企業や団体に税金を投入して、現地での作業や物品納入を委託し、他地域に住む特に専門技術のない人間はただ募金のみ行う、この方がシステムとして理にかなっているのではないか。

 ボランティアに参加したことで、被災直後の行政の初動の重要性や、ネット通販の「ほしいものリスト」とSNSを通じた現代的な物品寄付のやりとりの有用性、といった興味深い話を聞くことができ、「自分にとっては」、非常に有意義であった。しかし、自分の現地での活動自体が、復興に対して貢献できたとは到底感じることはできなかった。

 最後に、被災地に飛び込む踏ん切りがついたのは、クラウドファンディングの支援のおかげであり、感謝してやまない。これから社会を作っていく大学生が被災地の現場に赴き、生の目で、実際の被害の大きさだけでなく、支援するシステムを見ることは、社会にとって利益であるように思う。今後は、このようなクラウドファンディングに対して、支援する側にも立っていきたいと考えている。

 

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