こんにちは、CAPINの西田です。

 

今回の命展に参加させて頂きます、シェルター保護犬チャッピーの絵が完成しました。

展覧会場で見て頂く方々に、

チャッピーの本来持っていた愛らしさが伝わることを、ただただ願っています。

 

(シェルター入り口が定位置、CAPINの「顔」でした)

 

チャッピーはシェルターに保護される前、虐待されていた犬でした。

子犬の頃は、オスなのにメスの名前をつけられて、そして捨てられてしまったようです。

心の傷は深く、保護されてからも、猛り狂い何度も人を噛んだそうです。

体調も悪く、心も体も痛みを抱えながら、それでも最後の日々は人を少しずつ信じて、甘えたり、ふれあうこともできるようになっていました。

 

顔つきが、心の変化と一緒に、穏やかに変わっていくのがよく分かりました。

 

以下に、CAPIN代表の鶴田がチャッピーについて書いたブログ記事を記載いたします。

その中にもあるとおり、とても里親譲渡には難しい犬でしたが、

シェルターで皆に愛されて、本当にオンリーワンの存在感を持って、一生忘れられない犬になりました。

 

チャッピーが教えてくれたことは限りありません。

そんな犬がいたことを、一人でも多くの方に知ってもらえたら、チャッピーも空の上から喜んでくれるのではないかと、そんな気がしています。

 

(火葬の日、チャッピーのイメージの小さなヒマワリの花束)

 

CAPINが命展に参加するきっかけをくれたチャッピーに、心からの感謝を込めて。

命展がこれからも続けられるよう、力を与えてくれますように。

 

*********(以下鶴田代表の記事を転載いたします)

 

チャッピーが2013年7月27日に虹の橋を渡りました。

 

なかよしだったチャイと。


皆さんに可愛がられて、チャッピーは幸せでした。

最後の頃は、こんな表情をしていたんです。

こんなに嬉しそうに人を見上げています。

可愛がられて、安心しています。

よかったです。

 

ありがとう、とチャッピーはみんなに伝えているようです。

しばらく心の整理がつきそうにありません。

8月になったら緑内障の手術をする予定でした。

お別れはずっと先だと信じていました。

 

こんなにあっけなくあちらに行ってしまい、小さなお骨になってしまいました。

 

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君からはたくさんの勉強をしたよ。

脳の障害。

赤いおしっこ。

でも何とか助けたく、フィラリアの手術をしてくれる病院を探して東京に行った。

時間との闘い。

フィラリアの親虫はそうめんのようにつややかで細かった。それが何十本もとれた。

茨城には予防をされずに5~6歳でフィラリアで亡くなる犬が多いのに、なぜこれを治せる病院が少ないのか。

いろんな現実がわかった。

狭くて暗いところが恐かったのか、突然豹変して、何度も噛まれた。(まだ上腕に歯形がついている。)

チャッピーの心の闇がただ悲しく、寄り添うしかなかったな。

でも信頼する人には、たっぷり甘えてくれたチャッピー、

シェルターに来たばかりの頃は攻撃が激しかったけれど、場所に慣れたら穏やかになった。

 

男の人にすら、慣れてくれるようになった。

最後はこんなに笑ってる。

(写真では、ドラメイさんのパパさんに、甘えてこんな表情をするようになった。

愛情をかけて下さり、ほんとうにありがとうございます。

男の人がやさしい、ということをわかってから旅立てました。)

なぜか、愛されていたんだネ。

葬儀には10人以上が駆け付けて下さって、チャッピーはあたたかく見送られて、こんなに幸せだったことないね。

 

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保護したときは、腎臓も肝臓も最悪の数値で、あと2週間の命だったと言われました。

 

突発的な攻撃性など、飼いにくい条件ばかりで、アメリカではすぐに安楽死だったそうです。

 

でも、こんなに飼い犬としての条件が最悪な犬さえも、

人に愛されて、人を愛することができるということがわかりました。

だったら安楽死してもよい命などないのだな。

命はひとつ。

雑種でも大型でも中型でも、病気でも、等しい重みの命。

 

飼いやすいか飼いにくいかは、実はあまり重大な問題ではないのかもしれません。

どの子も、オンリーワンな命と考えれば。

この子は貰い手がつきそうだ、とか、これじゃ譲渡がきびしそうだ、とすぐに考えてしまいがちの私たちですが。

たくさんのことを教えてくれて、ありがとう。

ボランティアのみんなをつなぐかすがいのようだったチャッピー。

怒り狂うような激しさがあって、同時にとろんと甘いチャッピー。

これからも私たちのシェルターを見守っていてほしいな。

チャッピーが見守ってくれていたら、どんなことも耐えていけるような気がします。