最初に「珈琲美美」に行ったのは近所にあった高校に通っていた頃だったと思いますが、森光さんからお声がかかったのは私が通訳として働いていた2008年のことです。

 

森光さんが長年親交のあったエチオピアのコーヒー加工輸出業社「モプラコ社」のヤンニさんが亡くなり、後を継がれた娘のエレアンナさんが日本に来られるというので通訳を務めました。

その翌年には、コーヒー発祥の地と思われるジェルジェルツー村を訪ね、現地のコーヒー文化を世界遺産に登録するという森光さんたちのプロジェクトに参加する形で、私もエチオピア旅行に同行させていただきました。

エチオピア旅は全てのディテールを思い出せるほど濃密な体験の連続でしたが、中でも一番印象に残ったのはジェルジェルツーにたどり着いた時の森光さんのことです。旅の少し前から脚を悪くしておられ、少し引きずり気味にみんなの後を精一杯急いで歩かれていた森光さんでしたが、山奥の村でコーヒーの巨木が見えたとたん「おお~!」と声をあげ走り出し、コーヒーの樹に抱きつき、幹を愛おしそうにさすったのです。長年会えなかった肉親に思いがけず再会したかのような姿でした。

 

エレアンナさんが引き継がれたばかりのモプラコ社を訪ねた森光さんたちは、その旅で選んだ豆を「ヤンニ・ハラールモカ」と名付けモプラコ社を通じて日本に輸入し続けたいと申し出ておられました。そんな風に盟友の残した会社や娘さんのことも、コーヒー産地のことも支えていくために行動している森光さんたちを見て、こんなに純粋な思いで仕事をしている大人がいるんだな、こんな風に生きることができるんだなと、私も深く感銘を受けました。

 

常人にはない発想と思い立ったら即実行の行動力で、いつも周りを振り回し…もとい、驚かせていた森光さん。ジェルジェルツーへの道中、運転手さんに「ここより僻地でロバでしか行けないワユーという村に、もっと古いコーヒーの樹がある」と聞いて色めきたち「来年はそこに行く!」と言い出した森光さんに、さすがのエレアンナさんも「ノー!誰がワユーのこと話したのよ!」と頭を抱えながら大笑いしていました。

 

そうして実現した翌年のワユー探訪に参加したライターの小坂章子さんを始め、森光さんを通じて出会った人々や知ったものごとが今の私に与えてくれている影響は計り知れません。

 

森光さんの遺作のようになった抽出器具「ねるっこ」は、その制作の物語を綴った小坂さんからお話をいただき、英語版の訳をさせていただきました。(詳しくは割愛しますが 「ねるっこ」も森光さんの常人離れした発想が元になった革命的な作品なのです)翻訳の作業に先立ち、ねるっこ実物を見ようと、美美で小坂さんと待ち合わせたのが昨年の12月2日。写真はその時のものです。韓国の空港で森光さんが倒れられたほんの数日前のことでした。

 

新装再版される「モカに始まり」を読んだり、ねるっこをいつか入手したら毎日それでコーヒーを淹れたりしながら、私はこれからも新しい森光さんを発見し続け、改めて驚き続け、そしてその度にあの「んー?」という笑顔を思い浮かべて寂しくなるに違いありません。充子さんやお子さんたちが引き継いで少し新しくなった「珈琲美美」のように、森光さんを慕う人々が新しい息吹を吹き込んだ「モカに始まり」を読めることがとても楽しみです。

 

馬場亮子

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