宮古市にある仮設団地のうち、我々がローテーションで巡回しているのは24箇所でした。一度きりの訪問、都合により訪問を取りやめた場所も含めて、どこも思い出深い場所です。数年ほど継続して通っているうちに、我々はある事実に気付きました。住人の皆さんは、ご自身が住んでいる仮設以外の団地には、ほぼ例外なく足を運んだことが無いのです。風のうわさで、あそこには元ご近所だった誰それさんが住んでいるとは聞いている‥程度の認識で、殆どの人は誰がどこにいるか知らない状態でした。そういうものなのかしら?と我々も大変不思議に思ったものです。

 

「今度、A地区に住んでいた住人が集まって、仮設間の交流会があるのよ。久しぶりに集まって、わいわい話をしながらお弁当を食べたりするんだって。この仮設にも当日、迎えのバスがやってきて、会場の公民館までは楽に行けるんだけど‥」

 

 ある日、ホワイトボードに自分がリクエストをした「一人の手」の歌詞を書きながら、ある女性が私に言いました。彼女はカラオケが大好きで、仮設からわざわざ遠く離れた馴染みのカラオケスナックに夫を伴って足繁く通っている方でした。我々が持ち込む膨大な歌詞の模造紙を細かくチェックして、毎回「これが無い!」と言っては、ボードに自分の好きな歌の歌詞を書いていました。

 

「でもねえ、事前にどういう人が来るとか、情報が無いのよ。いくら同じ地区の住民だからって、ひとくくりにして集められても、楽しいかどうか分からないじゃない?そこが不安で、何となく二の足をふんでいるの」

 

 一通り歌詞を書き終わると、彼女は私が手元で広げていたファイルを横から覗き込みました。それは、記録用に活動の様子を撮影した写真を整理して、名前と一緒に貼ったアルバムでした。

 

「何それ?面白そう、ちょっと見せてもらっても良い?」

 

 押しの強い彼女に、半ば強引にアルバムを引っ張られて、私は否応も無く渡してしまいました。他に参加していた皆さんも、興味があったらしく、どれどれ‥と一緒になって眺めています。

 

「あ、これはここの仮設の過去写真ね!わー、いたいた!こんな人‥この男の人、女性にエッチなこと言うから、談話室を出入り禁止になったのよね」

 

「懐かしい!この日、外国から支援のボランティアで来ていた男の子。ハンサムだったわね、英語で話しかけたら全然通じなかったわ」

 

 自分たちの仮設の写真を一通り楽しんだあと、今度は別の仮設のファイルをどんどんめくっていきました。すると、さっきまで賑やかだった彼女たちが真剣な眼差しで、じっくりと顔を吟味するように凝視しはじめました。

 

「‥これ、私の住んでいた地区でお店をやっていたおばあちゃんだ!津波に流された場所だったから心配していたけど、無事だったんだね。良かったわ」

 

 他にも、懐かしい知人の顔や、元気そうな姿に、時折涙ぐみながら、皆さんとても嬉しそうに見ていました。私はその様子から、ある考えが浮かびました。

 

 この頃には活動中の歌詞の提示方法を、ホワイトボードに歌詞を書いた模造紙を貼る方式ではなく、アシスタントなすちゃん(パソコン博士)の肝いりでプロジェクターとスクリーンを導入したハイテク方式に進化していました。私に浮かんだ考えとは、プロジェクターを使って、撮影した画像を皆さんに見てもらえば良いのではないか?ということです。プライバシーの問題もあるかと思いましたが、こちらからは名前を出さないこと、集合写真のみで個人のアップは使わないこと、などで配慮をこころがけました。

 

 数カ月後から、私はこのアイデアを実行しました。通常の音楽療法を行う合間(開始前、開始後、もしくは活動と活動の間)に上映して、あちこちの仮設で参加した皆さんに見ていただきました。

 

「ああ、この奥さん‥名前なんだっけ、ほら、何とか商店の裏にある家の」

 

「まあまあ、小学校の同級生が写ってたわ!ご無事だったのねえ、元気そう」

 

 皆さん、大騒ぎです。話だけで聞くよりも、こうやって視覚的な情報として確認できるのは、変な話、ある種の脳トレにもなっているんじゃないか?と思えるほど、どんどん以前の記憶が蘇ってきているようでした。これはまるで、回想法です。皆さんの心には、普段はずっと奥の方にしまってあった大事な集落の記憶があって、画像がそれをありありと蘇らせてくれたのです。

 

「この人‥」

 

 一人の女性が、次の画像を見て、絶句しました。

 

「この人、仮設を出て息子さん夫婦が建てた新居に引っ越した直後に、亡くなったって聞いたわ。写真では随分と楽しそうにしているのね‥」

 

 その場にいた全員が、しんみりとした表情で言葉を失いました。大切な家を津波で流されて、不本意な避難所生活や不便な仮設の生活を強いられてきた人々にとって、仮設住宅は仮の住まい、次のステップに至るまでの通過点と思われています。しかし、画像から見える仮設の人々の暮らしは、決して仮の暮らしではなく、実体を伴った、生き生きと人の息吹が感じられる暮らしの姿でした。

 

「この写真、欲しいわね。自分のもそうだけど、皆さんが元気で楽しそうにしている写真が手元にあると、何だか勇気が涌いてきそう」

 

 私に向かってそう言った女性は、ずっと一人で仮設の小さな部屋で暮らし、細々と手芸をしながら頑張ってきた人でした。津波で何もかも失ったけど、その後の日々で得られた沢山の人とのつながり、出来事を証として残すのは大事なのではないか?

 

 そうして生まれたのが、今回の写真集プロジェクトです。皆さんが津波後も、一生懸命生きた証を写真集にして、一人ひとりの手に渡していくために、今回クラウドファンディングを通じて、全国の方々から多くのご支援をいただき、実現に向けて動き出しました。

 

 ご支援を下さった皆さんに、あらためまして心より感謝申し上げます。本当に、ありがとうございました。

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