大人気だったNHK朝の連続テレビ小説「あまちゃん」は岩手県久慈市が舞台となり、津波で流された北リアス線の復活を題材として取り上げていましたが、我々が訪れていた宮古市から大槌町を通る山田線は、何年たっても再開の話は出ませんでした。仮設から歩いて行ける距離に、山田線の使われなくなった線路がありましたが、すっかり赤く錆びて夏草が伸び放題の状態でした。被災地では電車のかわりに、BRTという代替バスが整備されましたが、現地の皆さんが山田線復活を希望する声は少なくありませんでした。

 

 そういえば私は岩手県に何十年も住んでいて、一度も山田線に乗ったことがありません。仮設で音楽療法を行う時に、参加者の皆さんにとって馴染みのあるご当地ネタを取り入れるのが常でしたので、何か山田線に関する資料を作成して、パワーポイントでお見せしようと目論みました。調べてみると、盛岡から沿岸に向かって建設の始まった山田線は、着工が大正時代であることが判明しました。途中のいくつかの駅は新しく増設されたのですが、盛岡から釜石までの三十の駅は、戦前に完成していたようです。

 

 あれこれ調べているうちに、小林旭「恋の山手線」の三陸バージョンとも言える、「恋の山田線」というレコードに出会いました。宮古市在住の飲食店を経営する女性が、昭和五十二年に吹き込み、発売され、ご当地ソングとして長年宮古市民に愛された曲です。歌詞の中にうまく駅名を語呂合わせで取り込んでいて、非常に面白い歌でした。

 

「座ったまま、手だけ動かして脳トレにもなるような振り付けをつければ、仮設のお年寄りたちでも歌に合わせて踊れるんじゃないかな?恋の山田線、とてもノリが良くて踊りやすいテンポだし」

 

「いいんじゃないでしょうか」

 

 事務所にもなっている自宅にて、アシスタントなすちゃんと作戦会議をしました。いつも活動の冒頭で行っている「右手と左手を違う方向に動かしてと指示して参加者が出来ない自分を笑ってしまう」というアレを、この曲でやろうと思いつきました。

 

「じゃあ、なすちゃん(いつも通り滑稽な踊りを)ヨロシク」

 

「嫌です」

 

 その週末から、各仮設で「恋の山田線」を歌いながらのダンス(?)を行いましたが、私の狙い通り大変ウケが良かったです。私に強制されて嫌々踊るなすちゃんの揺れる巨体も、鉄板で大きな笑いを呼びました。特に、仮設のある場所にほど近い山田線の駅名が出てくると、集中力が増し、皆さん熱心に踊ってくれました。

 

 同じ時期に参加者の関心が高かったのが「昭和の家電」というスライドです。今はあまり見ることの無い、レトロな家電の画像を年代順に上映するのと同時に、住民の皆さんが津波前の自宅に所有していたタイプのものを聞き取り調査しました。白黒テレビは皇太子様のご成婚パレードと、東京オリンピックを契機に購入した方が多く、アイロンは燃やした炭(もしくは薪)を穴に入れて熱したもの、洗濯機はハンドルで回すタイプの絞り器が付属していたものに反応が多かったです。一番皆さんが懐かしんでくれたのは、つば釜と呼ばれる大きな釜でした。かまど(三陸ではクドと呼びます)で炊いたご飯はおこげが美味しいのよね、と話に花が咲きました。

 

「私は昭和42年生まれですが、お釜で炊いたご飯を食べたことが無いんです。いつも疑問なんですが、おこげが出来るってことは釜の底を洗うのが大変だったんじゃないかなって。食器用洗剤とか、無い時代ですよね?どうやったんでしょう」

 

 私の質問に、多くの人が答えてくれました。

 

「かまどの灰(あく)を使うのよ、縄を結んだものをタワシがわりにして、こすって落とすの。良く汚れが落ちますよ」

 

「油ものを使った食器は、さいかちを使います」

 

「そうそう、さいかち!懐かしいわね」

 

 知らない方もいるかと思いますが、さいかちというのはえんどう豆のような大きなさや状の実がなる、とげが生えた木のことです。冬が近づくと実が茶色くなって地面に落ちて、皆さんはこれを拾って活用していたそうです。どうやって木の実で食器を洗うのでしょうか?

 

「からからに乾いたさいかちの実をぬるま湯に浸しておくと、柔らかくなるでしょう。それを手で揉むと、しゃぼんのような泡が出るんですよ。食器洗いだけじゃなく、シャンプーのように髪の毛を洗ったりもできるの」

 

 さいかちの思い出を語る皆さんの目は、今までみたことも無いほどキラキラしていました。彼らのエピソードを聞く私の目も負けずにキラキラしていた、と思います。そんなに素敵な木の実があるなんて!今でもどこかで手に入るのでしょうか?

 

「ああ、さいかちの木なら××っていう地区の川沿いに生えてますよ」

 

 何箇所かで同じような話の流れになると、どこでもこのように住民の方からさいかちの木の場所を教えてもらうことができました。地図で確かめてみると、見事に山田線の駅ごとにさいかちの生えている地域の分布図が出来上がりました。あまり標高の高くない、小さな川沿いに多く生えているようでした。そういえば山田線の駅も、川沿いもしくは川にほど近い場所に位置しています。

 

 ある日、活動の最中にしつこくさいかちの話をしたところ、終了後に集会所の外で私を待ち受けていた男性がいました。

 

「今日はご参加ありがとうございます、どうしました?」

 

 彼はぶっきらぼうに、手に持っていたスーパーのビニール袋を私に手渡しました。中を除くと、巨大なさいかちの実が何本も入っていました。

 

「歌の合間に、あんなにさいかちさいかちって言うから、家にあったやつ持ってきてやったよ。使ってみるといい」

 

 何と!!わざわざご自宅から、収穫したさいかちを私のために持ってきてくださったのです。感激ですよ、これは。私は深々とお辞儀をして、ありがたく頂戴しました。これをいつ使おうか、何に使おうかと数日とても楽しみにしていたのですが、楽しみにしすぎて手が出せないまま時はたち‥気づいたら、さいかちから無数の虫が涌いてしまいました。大騒ぎして駆除しましたが‥懐かしくも苦い思い出です。

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