プロジェクト概要

 

平安時代から1200年にわたる歴史を受け継ぐ、元石清水神社を修復し、後世に残したい!

 

ページをご覧いただきありがとうございます。元石清水八幡宮の宮司の作啓造です。当社は、奈良市の中心にほど近く、南都七大寺の一つである大安寺の鎮守社として、807年8月7日に当時の天皇であった平城天皇の命により創建されました。

 

御本殿は、1385年(室町時代)に将軍足利義満により再建され、その後の1863年(江戸時代) に大規模改修が行われましたが、1913年(大正時代)に、彩色がなされたのみで、江戸時代から154年間にわたり、建造物の修理が行われていません。

 

そのため、様々な箇所に劣化が見られてきており、境内にある御本殿を含めた門や、摂社・末社と呼ばれる様々な神様をお祀りしている社も傷みが出てきております。

 

平安時代以前から長い歴史を持つ当社の歴史を絶やすことなく、この歴史的な建築物を後世に残していきたいと考えています。しかし、現在は文化財などの指定を受けていないため、その資金が国などから出ることはなく、改修資金が足りていない状況です。

 

ぜひこの歴史を後世に受け継いでいくために、皆さんのお力をお借りできないでしょうか?

 

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さまざまな箇所に傷みが出てきてしまっている状況です。金毘羅宮

 

 

創建は平安時代、平城天皇の命によりこの地に安泰された歴史ある神社。

 

八幡神社は、創建当時より奈良市東九条町一三一六番地にあり、大和条里復原図によると平城京内左京七条四坊に鎮座する。 地元の人々には、元石清水八幡宮や郷社石清水八幡神社、また子安八幡宮と呼ばれていたとされ、その様子は道標や石灯籠の銘で現在は知ることができます。

 

延喜式神名帳と呼ばれる平安時代の書物にもすでに記録がある歴史ある神社であり、社伝によると807年(大同二年)8月7日、大安寺の僧行教和尚が遣唐使として唐に留学した帰途、筑紫の国宇佐八幡宮に籠もり、一夏九旬の間大般若経を転読し、神託により都に戻り、南都大安寺本房第七院石清水房に神をお迎えし、安置し奉ったのが始まりとされています。

 

その後、「朝野群載」によると859年、行教和尚は神からのお告げにより、山城の国の男山に奉ったことから、これが男山石清水八幡神宮となり、元々石清水八幡神宮があったこの地は、元石清水八幡神宮と称されるようになりました。

 

石清水本房は、大安寺伽藍絵図によると現在の大安寺と本神社参道の森との間にあったと云われており、その後すぐに平城天皇の命により、現在地に建てられたとされています。現在、広さは約450坪の保安林と、487坪の境内を有し、様々な神々をお祀りしています。

 

長い歴史を生き抜いてきた貴重な場所となっています。

 

 

1912年・大正元年の修復記録を発見!急がなければ劣化が進んでいってしまう状況。

 

日々の境内の清掃を行いながら、大切な木製狛犬の手入れをしていると、偶然にも1912年(大正元年 )に、修理を行った書付を発見しました。これによって100年余りの期間にわたって、修理が行われてきていなかったことが明らかとなったことが、今回のプロジェクトをスタートする大きなきっかけとなりました。傷みが進んでいることも100年という年月が立っていることを考えると納得です。

 

また、歴史的価値のある文化財は国や県、あるいは市などの助成金で修理することができますが、摂社や末社などの境内の中でも限られた大きなもの以外は、自費での修理が求められている状況です。昨今の神社の状態では一部の大きなところ以外では、参拝者も限られ、思うように資金が募ることが、難しくなっています。

 

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大正元年の修繕記録が発見されました!

 

 

今回のプロジェクトでは、国や市の力を借りて修理をすることが難しい摂社・末社の11社の社殿を修理したいと思います。

 

①若宮神社(仁徳天皇)

②武内神社(竹之内の宿祢)

③菅原神社(菅原道真)

④厳島神社(市杵島姫命)

⑤稲荷神社(保食神)

⑥金刀比羅神社(金毘羅大神)

⑦宮玉神社(宮玉大王)

⑧春日神社(天児屋根命)

⑨命婦神社(豊玉姫・玉依姫)

⑩祓殿(瀬織律姫)

⑪加茂神社(加茂雷神)

 

 

①若宮神社
②武内神社
③菅原神社
④厳島神社
⑤稲荷舎

 

 

⑥金刀比羅宮
⑦宮玉神社
⑧春日神社
⑩祓戸神社
 
⑪加茂神社

 

 

1200年の歴史を次世代へ引き継ぎ、地域の人々と参拝する方々に寄り添う神社を目指して。

 

建造物の老朽化はどんどん進んでいきますので、このままでは倒壊を余儀なくされてしまいます。いち早く手を入れて、後世にこの姿と歴史を残していきたいと考えています。

 

この場所は、子どもたちにとっては良い遊びの場であり、地域人々にとってはコミニケーションの場でもありました。春や秋のお祭りにはたくさんの方が訪れてくださいます。近年は、日本人の方々の心が少しずつ神社から離れてしまっているような状況もありますが、再びたくさんの方々に訪れていただき、近年関心を高めてくださっている外国人の方々も参拝しやすい、親しみやすい神社を目指していきたいと思います。

 

今回のプロジェクトを機会に、境内の荒れた状態を美しく整え、境内を整備することにより、気持ちよくご参拝できるようにする事で崇敬の念を新にし、次の1200年につなげていけるような神社に育てていければと思います。ぜひその一歩となる今回のプロジェクトへご支援、応援、よろしくお願いいたします。

 

お祭りだけではなく、日々人々が集うような場所に。

 

 

【プロジェクトメンバーのご紹介】

 

■元石清水八幡宮・宮司・作啓造

 

■氏子総代・増田忠彦より
 

 

平素は地域の氏神である八幡神社の維持、運営のため格別のご協力を賜り、ありがとうございます。八幡神社は、約1200年前「大安寺」の僧行教和尚により九州大分の宇佐八幡宮より勧進され、「大安寺」の鎮守とされていましたが、戦国時代末に廃絶状態になったことにより、神社は地域の人々の鎮守として再興されました。

 

その後、地域の人々が家内安全、病気平癒、五穀豊穣を願い、また初詣、秋祭り、七五三詣りなど私たりの心のよりどころとして親しまれ、多くの方々から崇敬されています。しかしながら、神社は江戸時代の終わりに大規模な修理がされて以来約150年間風雪に耐えてきたものの現状を見ると、本殿の雨漏りをはじめ、多くの建物で老朽化のため破損が見られます。

 

長い歴史の中で多くの崇敬者により守られてきた神社を後世に受け継いでいくことは、私たちの務めと痛感しております。この度奈良市の文化財に指定されている中門および翼廊の解体修理が決定したのを機に、総代一同で協議し、破損した建物を修復するため、氏子崇敬者の皆様に、浄財寄進を仰ぐことに決定いたしました。何卒本趣旨にご賛同の上、格別のご奉賛を賜りたく、ここに謹んでお願い申し上げる次第であります。

 

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    例大祭 宵宮 氏子様による和太鼓奉納

 


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